3 予見可能性

(1)地震に対する予見可能性

上記第1、1で述べた地震に関する知見の進展や、耐震審査指針の制定及び改訂状況からすれば、被告国は、長期評価が出された平成14年7月の段階で、あるいは、岡村行信委員による指摘がなされた平成21年6月の段階で、福島第一原発付近において、東日本大震災と同規模の地震が発生することを認識していたか、もしくは認識することができたことが明らかである。

 

(2)施設損傷に対する予見可能性

① 平成14年7月の長期評価

 上記のとおり、福島第一原発は大規模なプレート沈み込み境界域に臨み、地球上でも有数の地震帯に位置することが広く知られ、被告国も、平成14年7月の段階で福島第一原発の立地する地域において、M8クラスの地震が起こりうることを認識していた。

 これはすなわち、技術基準省令5条2項の「地震力」を算出するための前提事情が、平成14年の長期評価以前と、大きく異なることになったものである。

 そうすると、被告国は、平成14年の長期評価の時点で、平成14年以前の知見で設計された福島第一原発が大規模地震を前提とした技術基準に適合していないこと、および、大規模地震により原発事故が惹起され、人体への危害又は物件への損傷が生じるおそれがあることを認識していたと言える。

② 平成18年9月の新指針

 上記第1、4記載のとおり、平成18年9月、原子力安全委員会により新指針が策定された。

 この新指針は、「M6.8程度までを考慮したにすぎない」「最大加速度は450Gal程度にしかなら」ない(以上、国会事故調70頁)など、旧指針を大幅に強化したものではなかったが、新指針の決定、という事実自体から、被告国が、旧指針よりも前に、当時の知見により建設された福島第一原発の耐震設計が、新指針決定時の知見においては極めて不十分であることを認識していた。

 まして、上記のとおり、M8クラスの地震が起こりうることを被告国は予見していたのであるから、このレベルの耐震設計が福島第一原発では必要となり、これに不足していることを被告国は当然認識していたことになる。

③ 平成21年6月の岡村行信委員による指摘

 総合資源エネルギー調査会の専門家会合において、福島第一原発5号機に係る中間報告書の妥当性を検討する過程で、岡村行信委員が、塩屋崎沖地震と宮城県沖地震が連動するような地震、すなわち貞観地震規模の地震を考慮すべきとの指摘をしていた。

 

(3)まとめ

  そうすると、被告国においては、平成14年7月ころ、あるいは平成18年9月ころ、遅くとも平成21年6月ころまでには、福島第一原発の設備が地震により損傷する可能性があることを予見しており、本件原発事故が生じるおそれがあることを認識していたと言える。

4 結果回避可能性

 被告国が、上記認識に基づいて被告東電に対して技術基準適合命令を行使していれば、福島第一原発の技術基準適合性が確保され、地震による安全上重要な設備の損傷は免れたと言えるのであるから、被告国には、結果回避可能性があった。


5 権限不行使の違法性

(1)平成14年の長期評価を踏まえた権限の不行使

  上記長期評価を踏まえ、被告国が、被告東電に対し、被告国が電気事業法40条により、技術基準適合命令等をおこなった事実はない。

 

(2)平成18年の新指針策定を踏まえた権限の不行使

 平成18年9月20日、保安院は、被告東電を含む原子力事業者に対し、稼働中又は建設中の発電用原子炉施設等について、新指針に照らした耐震バックチェックの実施と、その実施計画書の提出を求めた。

 被告東電は、同年10月18日、「既設原子炉設備の耐震安全評価実施計画書」を提出した。ここでは、最終報告書提出期限は平成21年6月末とされていた。

 しかしながら、被告東電は平成19年8月20日に耐震バックチェックの実施計画の見直し結果を保安院に報告し、同20年3月31日、および、同6月19日に中間報告書を提出したにとどまり、保安院も平成21年7月21日に福島第一原発5号機に係わる評価結果を取りまとめた程度であった(以上、国会事故調71頁)。

 この耐震バックチェック作業工程は、被告東電の社内会議でも「新指針への対応を速やかに行う観点において、国及び地元の許容範囲を超えている」という問題点が指摘される(国会事故調73頁)ほど、迅速性を欠く、緩慢なものであり、本件地震の時点でも、福島第一原発1、2、3、6号機では耐震補強工事を必要とする箇所の確定も出来ていない状況、4号機では一部の箇所について強化工事を行うことが確定していたが実施していなかった状況であった。しかも、被告東電においては、バックチェック未了の状況下でも、社内会議において、耐震補強工事が必要な設備の存在を認識し、検討していた(以上国会事故調74頁)。にもかかわらず、被告東電は、遅々としてバックチェック作業を進めなかった。

 しかるに、被告国は、被告東電がバックチェックを一向に行わず、耐震安全性を充たすための工事等を行わなかったことを知りつつ、放置したものである。

 

(3)違法性

電気事業法39条2項において、技術基準省令は、「人体に危害を及ぼし、又は物件に損傷を与えないようにすること」としていることから、同法40条1項における技術基準適合命令は、第一義的には「人体への危害」「物件への損傷」が生じないようにするという目的のための定められたものである。

 そして、原発事故によって生じる損害の大きさは極めて甚大であることは言うまでもない。

 とすれば、被告国は、平成14年7月ころ、あるいは平成18年9月ころ、遅くとも平成21年9月ころ以降、速やかに技術基準適合命令を発するなど権限を行使すべき義務を負っていたというべきである。

 にもかかわらず、被告東電が、バックチェックを遅々として進めず、耐震安全性を充たすための工事等を行わなかったことを知りながら、被告国が技術基準適合命令等を行わずに放置したことは、権限不行使が著しく不合理であり違法である。

第5章 津波に関する被告らの責任

第1 津波に関する知見及び「長期評価」の発表等

(国会事故調83頁参照)

1 福島第一原発設置許可申請時に被告東電が想定していた津波

被告東電は、昭和41年11月、福島第一原発1号機の設置許可申請に際し、設置許可申請書に、約50km南方の小名浜港の潮位に基づき、「最高潮位O.P.(小名浜港工事基準面)+3.122m(1960.5.24チリ地震津波)」、「最低潮位O.P.-1.918m(1960.5.24チリ地震津波)」と記載した。この評価で、福島第一原発1号機の設置が許可され、35mの丘陵をO.P.+10mに切り下げて1号機が建設されることとなった。なお、1号機の非常用海水ポンプの電動機は、O.P.+5.6mのところに設置されており、津波がこれを超えると冷却機能を喪失する可能性があった。これは過去最高とされたO.P.+3.1mに、2.5mの安全余裕を加えた高さと考えられる。

 上記O.P.+10mという高さは、地質状況、復水器冷却水の揚水に必要な動力費、土木費、及び津波に対する安全性を勘案して、被告東電の土木関係者が独自に決定したものである。 

 1号機の設置許可申請以後、昭和46年の福島第一原発6号機の設置許可申請までの間、上記と同様の内容の申請がなされた。

 これ以降、約20年あまり、津波に関する知見について大きな進展はなかった。


2 1回目の津波想定見直し(津波安全性評価)

平成5年7月に発生した北海道南西沖地震津波(マグニチュード7.8)を受け、通産省資源エネルギー庁は、同年10月、各電気事業者が加入する電事連に対し、津波安全性評価を指示した。これに対し、被告東電は、平成6年3月、福島第一原発での想定は、上昇側でO.P.+3.5mであると報告した(1回目の津波想定見直し)。なお、当該報告に当たり、被告東電は福島地点における最大の津波はチリ地震津波であるとしていた。


3 電事連の津波影響評価

 平成12年2月、電事連は、当時最新の手法で津波想定を計算し、原発への影響を調査した。この津波影響評価では、福島第一原発は想定の1.2倍(O.P.+5.9~6.2m)で海水ポンプモーターが止まり、冷却機能に影響が出るとし、津波に対して脆弱であることが判明した。

 全国の原発のうち、上昇側1.2倍で影響が出るのは福島第一原発以外には島根原発だけであり、津波に対して余裕が小さい原発であることが明らかとなった。

 なお、平成13年には、貞観津波の研究として「西暦869年貞観津波による堆積作用とその数値復元」(菅原大介他)が発表された。これにより、福島県相馬地方にかけて広い範囲に津波による堆積作用があり、到達津波の波高が極めて大きかった可能性が示されていた。


4 2回目の津波想定見直し(原子力発電所の津波評価技術)

平成14年2月、土木学会により「原子力発電所の津波評価技術」が策定された。

 これを受け、被告東電は、福島第一原発の津波想定をO.P.+5.7mに引き上げ、同年3月その旨を保安院に報告した。被告東電は、福島第一原発6号機の非常用海水ポンプを20cmかさ上げし、建屋貫通部の浸水防水対策と手順書の整備を実施した(2回目の津波想定見直し)。


5 地震調査研究推進本部による「長期評価」

平成14年7月、文科省の地震調査研究推進本部は「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(いわゆる「長期評価」)を発表した。これによれば、福島第一原発の沖合から房総沖にかけて、マグニチュード8クラスの津波地震が30年以内に20%の確率で発生すること、三陸沖から房総沖の海溝寄り領域内でどこでもプレート間大地震(津波地震)が発生しうることが指摘されていた。

 なお、国会事故調84頁では、この長期評価からだけでも本件原発事故の原因となる津波は予測できたと指摘されている。


6「溢水勉強会」での報告と安全情報検討会(第53回)

平成18年1月、保安院及び独立行政法人原子力安全基盤機構(JNES)は、米国内発電所の内部溢水に対する設計脆弱性の問題、スマトラ沖津波(2004(平成16)年)によってインド・マドラス発電所の非常用海水ポンプが浸水して運転不能となったこと、宮城県沖の地震(平成17年8月)において基準を超える揺れが発生したこと等を踏まえ、想定を超える事象も一定の確率で発生するとの問題意識を持ち、溢水勉強会を設置した。この勉強会には、電事連及び被告東電を含む各電気事業者もオブザーバーとして参加していた。

 同年5月11日の上記溢水勉強会では、福島第一原発5号機の想定外津波について、被告東電が検討状況を報告した。それによると、O.P.+10mの津波が到来した場合、非常用海水ポンプが機能喪失し炉心損傷に至る危険性があること、O.P.+14mの津波が到来した場合、建屋への浸水により電源設備が機能を喪失し、非常用ディーゼル発電機、外部交流電源、直流電源全てが使えなくなり全電源喪失に至る危険性があることが示された。それらの情報は、この時点で被告東電と保安院で共有された。

 この溢水勉強会の結果を踏まえ、同年8月2日に保安院及び独立行政法人原子力安全基盤機構(JNES)との間で開かれた第53回安全情報検討会では、保安院の主席統括官より「海水ポンプへの影響では、ハザード確率≒炉心損傷確率」などの発言がなされていた。また、同検討会の資料には「敷地レベル+1mを仮定した場合、いずれのプラントについても浸水の可能性は否定できないとの結果が得られた」と記載されている。


7 新指針の策定と保安院による「バックチェックルール」の策定

 原子力安全委員会では、耐震設計審査指針の見直しのため、耐震指針検討分科会が平成13年7月ころに設置され、当初から津波評価が検討されていた。そして、平成15年2月3月に開かれた原子力安全委員会内の耐震指針検討分科会地震ワーキンググループでは、津波対策についての報告がなされた。具体的には、津波を含む地震随伴事象の議論として、津波は原子炉の「冷やす」機能に影響を及ぼすこと、非常用海水ポンプは海抜の低いところに設置されることが多いため津波を考慮する必要があり、水密性を確保することなどで安全審査を通した例があることなどの説明がなされた。

 そして、平成18年9月、原子力安全委員会は、耐震設計審査指針を改訂した。改訂後の指針(「新指針」)では、津波についても「地震随伴事象に対する考慮」として言及がなされた。具体的には、「極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波によっても、施設の安全機能が重大な影響を受けるおそれがないこと」を「十分考慮したうえで設計されなければならない」と規定された。

 これを受け、保安院は、平成18年9月20日、「新耐震審査指針に照らした既設発電用原子炉施設等の耐震安全性の評価及び確認に当たっての基本的な考え方並びに評価手法及び確認基準について」(「バックチェックルール」)を策定し、各電力会社に対して、稼働中の発電用原子炉施設等についてバックチェックの実施とその実施計画の作成を求めた。同時に、保安院は、バックチェックルールにおいて、津波に対する安全性を含めて耐震安全性評価における評価手法も示した。同基準では、土木学会の津波評価技術の内容に酷似しているものであるが、既往の津波の発生状況、活断層の分布状況、最新の知見等を考慮して、極めてまれであるが発生する可能性のある津波を想定すること等が求められている。


8 保安院による事業者の一括ヒアリング

平成18年10月6日、保安院による事業者の一括ヒアリングにて、保安院担当者(耐震安全審査室長)は、被告東電を含む全電気事業者に対し、津波について「自然現象であり、設計想定を超えることもあり得ると考えるべき」「津波に余裕が少ないプラントは具体的、物理的対応を取ってほしい」「津波高さと敷地高さが数十cmとあまり変わらないサイトがある。」「自然現象であり、設計想定を超える津波が来る恐れがある。想定を上回る場合、非常用海水ポンプが機能喪失し、そのまま炉心損傷に至るため、安全余裕がない」「今回は、保安院としての要望であり、この場を借りて、各社にしっかり周知したものとして受け止め、各社上層部に伝えること」を口頭で伝えた。


9 バックチェックに関する被告東電と保安院との打ち合わせ

平成19年4月4日、バックチェックに関する被告東電と保安院との打ち合わせ席上にて、被告東電は、福島第一原発に対して対策を取る方針と伝えていた。

この席上、保安院側より、「土木学会津波(土木学会が想定する津波を意味する)を1m超える津波は絶対に来ないと言い切れるのか」との質問があり、さらには「津波は、特に上昇側はあるレベルを超えると炉心損傷に至ることを気にしている」との考えが示されていた。


10 貞観地震に関する「佐竹論文」の発表

 平成20年、佐竹健治らにより、「石巻・仙台平野における869年貞観津波の数値シミュレーション」(以下「佐竹論文」という。)が発表された。

 これにより、断層幅100㎞及びすべり量7m以上としたプレート間地震モデルによって、石巻平野・仙台平野での津波堆積物の分布がほぼ完全に再現されている。


11 「長期評価」に基づく被告東電による津波の予測

上記平成14年7月の「長期評価」を受け、被告東電は、平成20年5月ころ、「長期評価」が予測している地震は、福島第一原発の敷地に最大でO.P.+15.7mの津波をもたらし、4号機原子炉建屋周辺は2.6mの高さで浸水すると計算している。


12 バックチェックルールに基づく被告東電による津波の予測

 新指針の改訂及びバックチェックルールを受け、被告東電は、平成21年2月、土木学会手法に基づいて津波想定を40cm引き上げ、O.P.+6.1mとし、それに伴い海水ポンプモーターの機器かさ上げなどの対策を同年11月までに実施した。


13 「佐竹論文」に基づく被告東電による津波の予測

平成21年6月、原子力安全委員会が設置した耐震安全性再評価特別委員会において、岡村行信(産業技術総合研究所 活断層・地震研究センター長)が、貞観津波(869年)の存在を指摘し、想定津波の見直しを迫ったが、被告東電、保安院は、見直しを先送りにした。

 同年8月ころ、保安院は、被告東電に対し、貞観津波等を踏まえた福島第一原発における津波評価と対策の現状を説明するよう求めた。これに対し、被告東電は、 同年9月ころ、同佐竹論文に基づき貞観津波の波高を計算した結果、福島第一原発の地点で、O.P.+9.2mであったと報告した。これは土木学会手法に基づく評価値を大幅に上回っており、保安院の審査官は、津波の波高が8m台以上なら海水ポンプが水没し、原子炉の冷却機能が失われることを認識した。しかし、同審査官は、津波対策の検討を促すのみの不十分な対応であった。

 そして、平成22年3月には、保安院の森山審議官が、部下から、貞観津波は簡単な計算でも敷地高を超えているので防潮堤などが必要であることの報告を受けたが、何ら具体的な対策を指示しなかった。


14 被告東電による最終報告の先送り

その後、被告東電は、津波バックチェックも含めた最終報告の提出予定を平成28年1月まで先延ばしにし、津波による被害を想定した対策はほとんど実施されていない状況であった。


15 まとめ

以上のとおり、津波については、平成12年ころから電事連や原子力安全委員会でも襲来する津波の高さやそれに対する安全性の検討が始まった。平成14年には、文科省地震調査研究推進本部による津波地震の長期評価が示されたことにより、本件原発事故の原因となった東日本大震災に匹敵する規模の地震や津波が襲来する可能性が示された。そして、平成18年には、保安院が中心となった溢水勉強会において、東日本大震災による津波に匹敵する高さの津波が襲来した場合には全交流電源喪失(SBO)に至る危険性があることが明確になった。

第2 被告東電の責任

1 予見可能性

被告東電は、原発という極めて高度の危険性を内包する施設を設置・管理・運転する事業者として、地震、津波、洪水などの自然災害について常に最先端の研究成果を調査研究し、その調査研究を踏まえ、シビアアクシデント(SA)に繋がるような施設的・制度的欠陥を常に改善する高度な注意義務を負う。

 この点、上記知見に関する経緯を踏まえると、平成14年7月に発表された「長期評価」により、マグニチュード8クラスの津波地震が発生することが指摘されている。これにより、被告東電は本件原発事故の原因となった津波と同程度の津波が襲来することを予見することが可能であった。

 また、遅くとも、平成18年5月には、上記溢水勉強会により、O.P.+10mの津波が襲来しうること、その場合に非常用海水ポンプが機能喪失し炉心損傷及びSBOに至る危険性があることを予見することが可能であった。


2 結果回避義務違反

 上記の通り、被告東電は、平成14年7月、遅くとも平成18年5月の時点で、本件原発事故の原因となった津波に匹敵する津波が襲来する可能性があること、敷地高さを超える津波が来れば、非常用海水ポンプが機能喪失したりSBOに至るなどして、重大事故を引き起こす危険性があることを予見できたのであり、これらの時点で、津波によるかかる重大事故の発生を防ぐべく対策をとる義務があった。

 具体的な防護措置等としては、防波堤の新築等の比較的費用と期間を要する対策に限定されるものではなく、配電盤の設置場所の多様化、直流電源喪失への準備(12Vバッテリーの備蓄等)、建屋への防潮堤の設置、扉の水密化、非常用ディーゼル発電機等の重要機器のおかれている部屋の水密化、移動式エアコンプレッサーの備蓄、十分な電源車の配備、さらには、津波の到達する可能性のない高さに可動式熱交換機設備、消防車・電源車・ガス・タービン発電機車、開閉所設備を別途配置する等の対策が容易に考えうる。そして、これらの措置を執ることについて、特段の支障はなく、容易に結果を回避することは可能であった。 

 実際に、福島第一原発1号機ないし4号機と同様に外部電源を喪失した5号機、6号機は、1号機ないし4号機からやや離れた高台に設置されていたこともあり、6号機のディーゼル発電機1基が津波被害を免れた。5号機及び6号機は、これを使用することにより、核燃料の冷却を継続することができた。

 しかし、被告東電は、平成21年2月、福島第一原発の想定津波水位について、従来のO.P.+5.4mからO.P.+6.1mと、40㎝引き上げたにすぎなかった。そして、本件事故に至るまで、かかる想定に基づき海水ポンプモーターの機器かさ上げなどの対策をしたにとどまり、その他には、海水ポンプの水封化に関する軽微な対策を除いて、具体的な溢水対策は取られなかった。

 以上のとおり、被告東電は、原子力事業者として当然に備え、実施すべき津波対策を怠った。


第3 被告国の責任

1 具体的な規制権限

(1)電気事業法40条に基づく技術基準適合命令・停止命令

 主務大臣である経産大臣は、次の理由により、電気事業法40条に基づいて、津波やそれによるSBOなどの事故防止のための種々の回避措置を含めた当該工作物の改造、移転等の技術基準に適合するための改善命令、そして、同改善がなされるまでの一時停止命令を行う権限があった。

 すなわち、技術基準省令4条(防護措置)は、津波等の想定される自然現象で原子炉の安全性を損なうおそれがある場合は、防護措置、基礎地盤の改良その他の適切な措置を講じなければならないと定める。


(2)省令等の改正・制定

    また、電気事業法39条2項1号は、主務省令において、事業用電気工作物が「人体に危害を及ぼ」さないよう定めるものとしている。したがって、主務大臣である経産大臣は、津波に対する防護措置についても、技術基準省令等で定める技術基準を、技術の進歩や最新の科学技術の知見等に適合したものに改正する権限があった。


(3)行政指導

 保安院及び主務大臣である経産大臣は、上記規制を行いうる立場にあったのであるから、上記の各措置を講じ、また、その前提として知見を収集するよう、被告東電に対して指導、勧告等の行政指導を行うべきであった。


2 予見可能性

 上記知見に関する経緯を踏まえると、文科省の地震調査研究推進本部が平成14年7月の「長期評価」を策定し、発表された時点で、マグニチュード8クラスの津波地震が発生することが判明し、被告国は、本件原発事故の原因となった津波と同程度の津波が襲来することを予見することが可能であった。

 また、遅くとも、平成18年5月には、保安院が設置した上記溢水勉強会により、O.P.+10mの津波が襲来しうること、その場合に非常用海水ポンプが機能喪失し炉心損傷及びSBOに至る危険性があることを予見することが可能であった。


3 結果回避可能性

本件原発事故のような津波によってSBOに至る事故を防止するための具体的な防護措置等としては、上記の通り、防波堤の新築等という費用と期間を要する対策に限定されるものではなく、配電盤の設置場所の多様化、直流電源喪失への準備(12Vバッテリーの備蓄等)、建屋への防潮堤の設置、扉の水密化、非常用ディーゼル発電機等の重要機器のおかれている部屋の水密化、移動式エアコンプレッサーの備蓄、十分な電源車の配備、さらには、津波の到達する可能性のない高さに可動式熱交換機設備、消防車・電源車・ガス・タービン発電機車、開閉所設備を別途配置する等のいずれかの対策が容易に考えうるところである。

 そして、これらの措置を被告東電にとらせることについては、上記1(1)ないし(3)の規制権限を行使することにより、容易に可能であった。

 よって、結果回避可能性は十分にあったといえる。


4 規制権限不行使の違法性

本件において、被告国は、上記の津波による危険性を認識した時点で、上記の具体的な措置を実施するために、上記各規制権限をすみやかに行使すべきであったものであり、被告国には、これらの規制権限の不行使の違法があることが明白である。

(1)電気事業法40条に基づく技術基準適合命令・停止命令

 上記のとおり、経産大臣または保安院は、平成14年7月の時点で本件原発事故の原因となった津波に匹敵する津波が襲来することを予見することが可能であった。また、遅くとも、平成18年5月には、上記溢水勉強会により、O.P.+10mの津波が襲来し、非常用海水ポンプが機能喪失し炉心損傷及びSBOに至る危険性があることを予見することが可能であった。そして、本件原発事故の原因からすれば、これに対する上記のような防護措置を欠き、上記技術基準に適合しない状態にあったことも明らかである。

 したがって、経産大臣は、平成14年7月ころの時点、また、遅くとも平成18年5月ころの時点で、上記技術基準に適合させるため、上記2記載の防護措置をとらせるべく技術基準適合命令を行い、同改善がなされるまでの一時停止命令を行うべきであった。


(2)省令等の改正・制定に基づく規制措置

 上記のとおり、経産大臣は、平成14年7月の時点、また、遅くとも平成18年5月の時点で、津波によるSBOにより公共の安全を確保できない状況を予見しえたことは明らかである。それにもかかわらず、当時の原子炉発電事業の規制に関する技術基準省令や各種指針などは極めて不十分なものであり、規制に実効性を欠いたものであった。

 したがって、電気事業法の規制の主務大臣であった経産大臣としては、平成14年7月ころの時点、また、遅くとも平成18年5月ころの時点までには、電気事業法上の省令を定める権限を行使し、津波による被害を防止するために、上記知見に適合しない省令を改正し、また新たにこれら規制権限を行使するための省令等を制定するなどして、津波による全電源喪失状態に陥ることを回避するだけの対策を含む技術基準を策定した上で、電気事業者に対して、これら改正、制定された省令等に基づく上記改造等の措置を講ずるよう命じるべきであった。


(3)行政指導

 本件における被侵害利益の重大性、原子力発電事業に高度の安全性を確保することが義務づけられていること、原子力政策を被告国が主導的に進めてきたことなどを考慮すれば、たとえ法令上の根拠によらない場合であっても、保安院及びこれを所掌する経産大臣は、津波によるSBOの危険を未然に防ぐため、上記2記載の防護措置を被告東電にとらせるべく、行政指導を行う義務を負っていた。


(4)小括

 以上のとおり、被告国は、これら規制権限を行使すべき義務が生じていたにものかかわらず、これらの規制権限を何ら行使しなかった。

 よって、被告国の規制権限の不行使につき、違法性があることは明白である。

第6章 SA・SBO対策に関する被告らの責任

第1 はじめに

 本件原発事故は、事前の事故防止策、すなわち、全交流電源喪失(SBO)対策をはじめとするシビアアクシデント(SA)対策が極めて不十分であったことにより生じたものである。

 被告東電及び被告国は、福島第一原子力発電所につき、SBO対策を含めたSA対策に重大な不備があることを認識しつつ、それに対し十分な対策を講じることを怠っていた。その結果、発生したのが本件原発事故である。以下、詳述する。


第2 シビアアクシデント(SA)及び全交流電源喪失(SBO)について

1 シビアアクシデント(SA)とは

SAとは、「設計基準事象」を大幅に超える事象であって、安全設計の評価上想定された手段では適切な炉心の冷却又は反応度の制御ができない状態であり、その結果、炉心の重大な損傷に至る事象をいう(国会事故調94頁脚注104)。「設計基準事象」とは、原子炉施設を異常な状態に導く可能性のある事象のうち、原子炉施設の安全設計とその評価にあたって考慮すべきとされた事象である。

 原子炉施設は、起こりうると思われる異常や事故に対して、設計上何段階もの対策が講じられなければならず、この設計の妥当性を評価するために、いくつかの「設計基準事象」という事象の発生を想定して安全評価を行う。この設計基準事象は、実際に起こりうる様々な異常や事故について、放射性物質の潜在的危険性や発生頻度などを考慮し、大きな影響が発生するような代表的事象であり、さらに、評価上は、この設計基準事象に対処する機器にあえて故障を想定するなど厳しい評価を行っている。

 そして、このような安全評価において想定している設計基準事象を大幅に超える事象であって、炉心が重大な損傷を受けるような事象を、シビアアクシデント(SA)と呼ぶ(政府事故調中間報告407頁)。


2 アクシデントマネジメント(AM)

SA対策は、アクシデントマネジメント(AM)と呼ばれることもある。

AMとは、正確には、SAに至るおそれのある事態が万一発生したとしても、現在の設計に含まれる安全余裕や本来の機能以外にも期待しうる機能若しくはその事態に備えて新規に設置した機器を有効に活用することによって、その事態がSAに拡大するのを防止するため、又はSAに拡大した場合にその影響を緩和するために採られる措置(手順書の整備並びに実施体制や教育・訓練等の整備を含む。)をいう(政府事故調中間報告408頁)。

 すなわち、AMには、①SAに発展するのを防止する対策(これを「フェーズⅠのAM」という)、②SAに発展した場合にその被害を最小限にするための対策(これを「フェーズⅡのAM」という)の2つがある。


3 シビアアクシデント(SA)の原因事象の想定について

原子力発電所におけるSAの原因事象としては、①機器のランダムな故障や運転・保守要員の人的ミス等の「内的事象」、②地震、津波、洪水、火災、火山や航空機落下等の「外的事象」、③産業破壊活動等(テロ等)の意図的な「人為的事象」がある(国会事故調116頁、政府事故調中間報告410頁)。

 SA対策は、地震津波などの外的事象に限らず、内的事象、人為的事象を含めあらゆる事象を想定して必ず講じなければならない。


4 確率論的安全評価(PSA)

確率論的安全評価(PSA)は、原子炉施設の異常や事故の発端となる事象(原因事象)の発生頻度、発生した事象の及ぼす影響を緩和する安全機能の喪失確率及び発生した事象の進展・影響の度合いを定量的に分析することにより、原子炉施設の安全性を総合的・定量的に評価する方法である(政府事故調中間報告409頁)。SAのように、発生確率が極めて小さく、事象の進展の可能性が広範・多岐にわたるような事象に関する検討を行う上で、PSAは有用な方法とされている。

 PSAにより、SAの発生要因を相対的に評価してより有効なAMを摘出し、そのAM整備後の有効性を評価することができる。また、PSAは、原子炉施設のシステム信頼性評価及び炉心損傷確率までを行う「レベル1PSA」、損傷炉心及び核分裂生成物の環境への放出挙動評価までを行う「レベル2PSA」、及び環境影響評価までを行う「レベル3PSA」に分けられる。


5 全交流電源喪失(SBO)とは

全交流電源喪失(SBO)とは、全ての外部交流電源及び所内非常用交流電源からの電力の供給が喪失した状態をいい、発電用軽水型原子炉施設においては、「安全設計審査指針」(後述)において、電源の確保に関する要求がなされている(政府事故調中間報告410頁)。SBOは、SA対策の対象として扱われるものの1つである。

 本件原発事故は、SBOにより、炉心損傷が生じて格納容器も損傷し、これにより、放射性物質が漏出し大気中に広範囲に拡散した、という事実経過であるが、SA対策の一環としてSBO対策を講じておけば、炉心損傷も放射性物質の炉外漏出もなかったのである。


第3 SA・SBO対策に関する事実経過

1 SA・SBO対策に関する国際的な動向の概要

(1)SA対策の法規制化

 1979(昭和54)年のスリーマイル島原発事故や1986(昭和61)年のチェルノブイリ原発事故は、原子力発電所において設計基準を大幅に超えて炉心が重大な損傷を受けるSAが発生しうることを明瞭な形で示した。

 このため、1980年代から1990年代にかけて、国際的にSA対策に関する議論がなされ、SA対策が整備されるようになった。

 海外ではフィルター付ベントの整備やSBO規則が設けられるなど、SA対策が早期に進められた。

 特に、SBO対策に関し、米国原子力規制委員会(NRC) は、1980(昭和55)年7月、米国における過去の外部電源喪失発生事例及び多数のDG(非常用ディーゼル発電機)の起動失敗事例を教訓に、SBOを未解決の安全問題に指定して検討を開始し、1985(昭和60)年5月、外部電源及び非常用交流電源の信頼性に応じてプラントが4時間又は8時間のSBOに対する耐力を持つことを要求するというNRCスタッフの規則案を公表した(政府事故調最終報告322頁)。

 そして、1988(昭和63)年、NRCは、SBOに対する規定を追加し、米国においては、各プラントの設計状況により、2時間、4時間、6時間、8時間又は16時間の耐性を持つように要求した。SBO規則は、降雪、ハリケーン、竜巻等の外的事象の想定を求めるものでもあった。


(2)5層の「深層防護」

また、1996(平成8)年、国際原子力機関(IAEA)による報告書が公表され、それまでの第3層の深層防護の考え方が改められ、SA対策強化のための5層の「深層防護」へと改訂された(INSAG-10)。

 「深層防護」については訴状31頁において詳述したが、5層の深層防護までの考え方及び対策の必要性については、IAEAでは、1996(平成8)年以降、1999(平成11)年のINSAG-12、2000(平成12)年の安全基準NS-R-1において一貫して繰り返し示されている。なお、アメリカでは、2006(平成18)年には、5層に加えさらに第6層として「立地」が定義され、外的事象の発生頻度限界を要件として求めている(国会事故調118頁)。


(3)「外的事象」「人為的事象」も想定していること

更に、海外では、深層防護が対象とする想定事象について、第4層及び第5層においても、「内的事象」のみならず、「外的事象」及び「人為的事象」を含めて幅広く想定し、それら想定に対応した幅広い対策を行っている。

 「外的事象」については、アメリカでは、1991(平成3)年より、地震、内部火災、強風・トルネード、外部洪水、輸送及び付近施設での事故などの外的事象について、個別プラントの確率論的安全評価(IPEEE)を実施し(国会事故調110頁)、イギリスでも、地震や極端な気象についての想定を行っていた。

 「人為的事象」についても、ヨーロッパ各国では航空機テロを想定した設計要求を行い、アメリカでも2001(平成13)年の9.11テロを受けて、2002(平成14)年2月の「B.5.b」にて想定を行っている(国会事故調119頁)。

 「B.5.b」では、以下の具体的な対応が、フェーズ1から3として求められている(政府事故調最終報告325頁)。

 

【フェーズ1】初動対応に利用可能な機材や人員の準備

【フェーズ2】使用済燃料プールの機能維持及び回復のための措置

【フェーズ3】炉心冷却と格納容器閉じこめ機能の維持及び回復のための措置

 

(4)小括

海外のSA対策について留意すべきは、①SA対策につき法規制化されており、原子力発電所事業者は、SA対策を講じることが義務化されている点、、②IAEAの定める5層の深層防護を前提にSA対策を講じてきた点、③SA対策が対象とする事象は、内的事象、外的事象及び人為的事象すべてを含んでおり、SA対策は、これらあらゆる事象を想定して講じられてきた点である。


2 日本のSA・SBO対策に関する主要な事実経過

日本において講じられてきたSA・SBO対策について、時系列でその概要を説明すると、以下のとおりである。

 

(1)1970(昭和45)年4月、安全設計審査指針を定める

-SBOに関する記述なし-

1970(昭和45)年4月に、原子力委員会が制定した安全設計審査指針には、SBOに関する記述はなかった。

 

(2)1977(昭和52)年6月、安全設計審査指針の見直し

-SBOに関する記述が登場-

1977(昭和52)年6月、当時の原子力委員会が、上記(1)の安全設計審査指針を全面的に見直し、「発電用軽水型原子炉施設に関する安全審査指針」として改訂を行い、全電源喪失に関する指針をはじめて発表した。同指針は、次のとおりの内容であった。

 

【指針9 電源喪失に対する設計上の考慮】

原子力発電所は、短時間の全動力電源喪失に対して、原子炉を安全に停止し、かつ、停止後の冷却を確保できる設計であること。

ただし、高度の信頼度が期待できる電源設備の機能喪失を同時に考慮する必要はない。

 

この指針を見れば分かるとおり、長時間の電源喪失は考慮する必要はないとされている。「長時間」とは「30分以上」と共通的に解釈する習慣が取られていた(政府事故調技術解説122頁)。

 

(3)1986(昭和61)年、通産省資源エネルギー庁安全性高度化計画

チェルノブイリ原発事故を受け、1986(昭和61)年、通産省資源エネルギー庁は、安全性高度化計画「原子力発電安全確保対策のより一層の充実について−セイフティ21−」を公表した。これにより、SA研究と「徴候ベース」手順書の整備検討が開始された(国会事故調120頁、103頁)。

 

(4)1987(昭和62)年7月、共通問題懇談会設置

-SA対策の検討に着手-

1987(昭和62)年7月、原子力安全委員会は、原子炉安全基準専門部会の中に共通問題懇談会を設置し、SA対策の検討に着手した。

 

(5)1990(平成2)年8月30日、安全設計審査指針の再改訂

-SBOについての考え方は従前どおり-

1990(平成2)年、原子力安全委員会は、「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針」を改訂した。電源喪失に関する記載は次のとおりに変更されたが、1977(昭和52)年の指針9を踏襲したものである。

 

【指針27 電源喪失に対する設計上の考慮】

原子炉施設は、短時間の全交流動力電源喪失に対して、原子炉を安全に停止し、かつ、停止後の冷却を確保できる設計であること。

 

また、指針27の「解説」には、以下の記述がなされた。

 

「長時間にわたる全交流動力電源喪失は、送電線の復旧又は非常用交 流電源設備の復旧が期待できるので考慮する必要はない。

非常用交流電源設備の信頼度が、系統構成又は運用(常に稼働状態にしておくこと)により、十分高い場合においては、設計上全交流動力電源喪失を想定しなくても良い。」

 

この指針27においても、長時間の全交流動力電源喪失は考慮する必要はないとされており、指針27の「短時間」の意味は、1977(昭和52)年指針と同様に、30分以下と理解されており、やはり、これが慣行となっていた。

このため、指針27が要求する内容は、30分間のSBO時に冷却機能を維持するために十分な蓄電池の容量への要求であると解釈され、被告東電を含む電気事業者も、このような理解をしてきた。

 また、上記指針は、外部電源の故障と内部電源の故障は独立の事象であるとの前提のもとに策定されており、両者が同時に失われるような事態が、また、配電盤がダメージを受けるような事態が発生するとはまったく考えられていなかった。

 

(6)1991(平成3)年、全交流電源喪失事象検討WG

-SBO対策を軽視-

原子力安全委員会は、1991(平成3)年、同委員会内の原子力事故・故障分析評価検討会に「全交流電源喪失事象検討WG」を設け、SBOを審査指針に反映させるかどうか、検討を行わせた。同WGは、5人の委員に加え、被告東電及び関西電力から各1名が全ての会合に出席していた。

 1993(平成5)年6月11日、同WGは「原子力発電所における全交流電源喪失事象について」と題する報告書をまとめた。

 同報告書には、「短時間で交流電源が復旧できず、全交流電源喪失が長時間に及ぶ場合には、・・・炉心の損傷等の重大な結果に至る可能性が生じる」ことが指摘されていた。また、同WGにおける検討では、外的事象の可能性は一切論じられていなかった(政府事故調最終報告323頁)。

 

(7)1991(平成3)年、共通問題懇談会によるAMに関する報告書

-SA対策は電気事業者の自主対応による「知識ベース」とされた-

1991(平成3)年、原子力安全委員会の共通問題懇談会が「アクシデントマネジメントとしての格納容器対策に関する検討報告書」と題する報告書を取りまとめた。同報告書には、「AMは原子炉設置者の『技術的能力』、いわゆる『知識ベース』に依拠するもので、現実の事態に直面しての臨機の処置も含む柔軟なものであって、安全規制におりその具体的内容が要求されるものでは無い。」と明記された(国会事故調114頁、同116頁脚注142、同117頁)。なお、「知識ベース」という言葉は、共通問題懇談会による上記検討報告書、下記(11)の通産省通達「原子力発電所内におけるアクシデントマネジメントの整備について」など、被告らが検討するSA対策では一貫して使用されている(国会事故調107頁)。

 

(8)1992(平成4)年5月、原子力安全委員会による決定

-SA対策に対する認識の甘さ-

1992(平成4)年5月、原子力安全委員会は、「発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策としてのアクシデントマネージメントについて」を決定した。

 この原子力安全委員会の決定は、その後の我が国におけるSA対策とアクシデントマネジメントの基本的方向を定めるものであった。要点は、次の2点に整理できる(政府事故調核心解説89頁、政府事故調中間報告417頁)。

1 我が国の原子炉施設の安全性は、多重防護(深層防護)の思想に基づき厳格な安全確保によって十分に確保されており、SAは工学的には現実に起こるとは考えられないほど発生の可能性は小さく、原子炉施設のリスクは十分に低くなっていると判断される。

2 アクシデントマネジメントの整備は、この低いリスクを一層低減するものとして位置づけられる。したがって、アクシデントマネジメントは、原子炉設置者が自主的に整備することが強く奨励されるべきである。

この決定は要するに、我が国では、SAが発生する可能性は極めて少なく、アクシデントマネジメントも事業者の自主的な取り組みとすれば事足りる、としたものである(政府事故調核心解説89頁)。この被告国の認識が、後に述べる、規制権限不行使の違法につながるのである。

 

(9)1992(平成4)年、共通問題懇談会のPSA検討WG

 1992(平成4)年、原子力安全委員会の共通問題懇談会においてPSA検討ワーキンググループが設置され、同ワーキンググループにおいて、当時のPSAの方法論に対するレビューを行い、SA対策としての格納容器対策に関して検討がなされた。この際、同懇談会及び同WGにおいては、地震等の外的事象PSAに関する知見として、米国原子力規制委員会(NRC)の「NUREG-1150」が取り上げられた(政府事故調最終報告309頁)。

 NUREG-1150では、アメリカの5つのプラントについて確率論的リスク評価(PRA)が実施され、そのうち2つのプラントについては、外的事象について、炉心損傷頻度(CDF)の評価が行われ、地震と火災についてはCDFへの影響が大きい可能性があることが判明し、詳細な分析が行われていた。

 

(10)1992(平成4)年6月、通産省による定期安全レビュー(PSR)実施要請

1992(平成4)年6月22日、通産省は、「既設原子力プラントの安全性等の向上を目的として約10年ごとに最新の技術的知見に基づき各原子力発電所の安全性等を総合的に再評価する」ことを目的として、定 期安全レビュー(PSR)の実施を、各電気事業者に要請した。

 

(11)1992(平成4)年7月、通産省がAMの整備について通達

同年7月、通産省は、「アクシデントマネジメントの今後の進め方」を取りまとめ、同時に「原子力発電所内におけるアクシデントマネジメントの整備について」と題する公益事業部長通達を発出した。この通達は、各電気事業者に対し、アクシデントマネジメントの検討、その結果報告及び検討結果を踏まえたアクシデントマネジメントの整備を要請するものであったが、その趣旨は、SA対策の必要性は認めるものの、アクシデントマネジメントは、電気事業者の自主的取組として推進するというものであった(政府事故調核心解説90頁)。また、この通達も、SAの想定事象を、内的事象に限定し、外的事象や人為的事象を含んでいなかった。

 

(12)1993(平成5)年、通産省原子力発電技術顧問会

-外的事象を想定すべきとの問題提起-

1993(平成5)年、通産省内の原子力発電技術顧問会(総合予防保全)シビアアクシデント対策検討会において、「(AM対策は)地震リスクとの関係が重要である。IPEEEによって地震リスクがドミナント(主要)な場合のAMであっても、既存の耐震設計で良いのかどうか、よく考えないといけない」「実力ベースでSA時に確実に動く」ものとするべきであるなど注意が促された(国会事故調110頁、114頁)。また、SA対策である消火系配管や耐圧強化ベントが耐震クラスCとなっており、AM設備が地震で先に破損する可能性があることも指摘された(国会事故調115頁)。

 

(13)1994(平成6)年、東電がAM検討報告書提出

被告東電は、上記(11)の公益事業部長通達を受けて、通達の2年後である1994(平成6)年、通産省に「福島第一原子力発電所のアクシデントマネジメント検討報告書」を提出した。

 

(14)2000(平成12)年9月、原子力安全委員会が安全目標専門部会設置 -地震等の外的事象を対象とした検討が行われる-

2000(平成12)年9月、原子力安全委員会は、安全目標専門部会を設置し、同部会内での検討過程において、地震等の外的事象を対象とした個別プラントごとの解析(IPEEE)に基づく検討を行った(政府事故調最終報告310頁)。

 

(15)2002(平成14)年5月、東電がAM整備報告書提出

-外的事象に対する備えは対象外-

被告東電は、上記(11)の通達を受けてから実に10年後になって、「福島第一原子力発電所のアクシデントマネジメント整備報告書」を提出した。その中で、福島第一原子力発電所の1号機については1999(平成11)年11月をもって、2号機については同年8月をもって、3号機については2001(平成13)年6月をもって、4号機については2002(平成12)年10月をもって、それぞれ整備が終了したと報告した。

 しかし、この報告書では、SAの想定事象が内的事象に限定されており、自然災害などの外的事象に対する備えは対象外とされた(政府事故調核心解説112頁)。

 これ以降、主要なAM設備の自主的改善、整備はされなかった(国会事故調105頁)。

 

(16)2002(平成14)年7月、地震調査研究推進本部「長期評価」

-外的事象が起こることを示唆-

2002(平成14)年7月、地震調査研究推進本部は、「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」を公表し、明治三陸地震と同様の地震が三陸沖北部から房総沖の海溝寄りの領域内のどこでも発生する可能性があり、M8クラスの地震が、今後30年以内に20%の確率で発生する、と指摘していた。この長期評価は、外的事象によるリスクが高確率で生じうることを明らかにするものであった(政府事故調最終報告302頁)。

 

(17)2002(平成14)年10月、保安院が評価報告書を公表

-東電のSA対策についての実効性確認や改良の指摘なし-

2002(平成14)年10月、保安院は、上記(15)のAM整備報告書を受け、AM整備結果の評価を行い、その評価報告書を公表した。これをもって日本におけるSA対策は完了したとされた(国会事故調120頁)。

 この評価報告書は、東電の対応を確認しただけであり、そのSA対策についての実効性確認や改良の指摘などはなかった(国会事故調105頁)。また、同報告書に記載されたSA対策は、複数プラントが同時損壊し全電源を喪失する状況下での計測機器復旧、電源復旧、耐圧強化ベント、主蒸気逃がし安全弁(SR弁)操作による原子炉減圧等の手順化、従業員の訓練及びベント操作具体的手順が全て未整備のまま放置され、バッテリーや電源車等も備蓄がなく、使用済み燃料プールへの直接注水ラインの設置や計装系の強化等もなされておらず、SA対策としては極めて不十分なものであった(政府事故調中間報告441頁)。

 

(18)2003(平成15)年、原子力安全委員会安全目標専門部会「安全目標に関する調査審議状況の中間取りまとめ」

-外的事象を検討対象とした-

2003(平成15)年、原子力安全委員会安全目標専門部会は、地震及び津波・洪水や航空機落下等の外的事象をも検討対象とした上で、「安全目標に関する調査審議状況の中間取りまとめ」を取りまとめた(政府事故調最終報告311頁)。

 

(19)2004(平成16)年7月、日本原子力学会標準委員会発電炉専門部会が地震PSA分科会を設置

-外的事象を想定したPSAについての手法を検討-

2004年(平成16)年7月、日本原子力学会内の発電炉専門部会地震PSA分科会において、地震PSAに関する学協会規格の策定の検討が開始された。これは、地震という外的事象を想定し、確率論的安全評価(PSA)についての手法を検討するというものであった(政府事故調最終報告310頁から311頁)。

 

(20)2004(平成16)年12月、総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会がリスク情報活用検討会を設置

-外的事象のうち地震事象を想定したPSA手法が「成熟しつつある」-

2004(平成16)年12月、総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会がリスク情報活用検討会を設置した。リスク情報活用検討会における配付資料「PSA手法とデータの現状」の中には「内的事象や地震事象のレベル1から3PSAの手法及びデータについては、最新知見を継続的に反映し高度化を図る必要はあるものの技術的観点からは成熟しつつある」との記載がなされており、外的事象のうち地震事象については、AM対策を講じることを可能にするだけの知見が集積されていた(政府事故調最終報告312頁)

 

(21)2006(平成18)年3月、保安院が米国原子力規制委員会(NRC)を訪問(民間事故調340頁)

-被告国は米国における先進的知見を認識-

その後、2006(平成18)年3月、保安院の担当者は、NRCを訪問し、「B.5.b」について説明を受けたが、保安院は、当該説明内容や説明によって得られた知見を実際のSA対策・SBO対策に利用しなかった(国会事故調112頁)。

 その後、2008(平成20)年にも、保安院を含む調査団が渡米し、NRCより「B.5.b」に関する説明を受けたが、日本の規制に反映されることはなかった。

 

(22)2006(平成18)年9月、耐震設計審査指針(新指針)

2006(平成18)年9月、原子力安全委員会が耐震設計審査指針を改訂し(「新指針」)、翌20日には、保安院が、被告東電を含む電気事業者に対して、津波などの地震随伴事象を考慮することや基準地震動を超える「残余のリスク」について定量的な評価を行い報告することを要請していた。

3 日本におけるSA・SBO対策の問題点

日本では、SA対策の想定事象につき、内的事象のみを想定し、外的事象、人為的事象を想定したSA対策が講じられたことはなかった。

 また、IAEAは、上述のとおり、5層の深層防護を標準としていたにもかかわらず、日本では、法規制の対象は3層までであり、4層に位置づけられるSA対策については、法規制の対象とみなされず、SA対策は、各電気事業者の自主的対策とされた。

 

 諸外国と日本のSA対策に関する法規制の有無を比較すると、次のとおりとなる。

【図】出典:国会事故調114頁より

さらに、日本ではSBO対策について、“30分”を超えるSBOは考慮する必要がないとされたが、先進諸外国では遅くとも1988年以降で、このような限定を付している国はなく、日本特有の「慣行」として存在した。

 なお、SA対策につき、事業者の自主的対策に委ねられていた背景について、政府事故調も国会事故調も、被告東電と被告国の両方に、①訴訟リスクの回避、②現行規制によって安全は十分に確保されているという思いこみ、があったことを指摘している(政府事故調核心解説90頁、国会事故調107頁)。


第4 被告東電の責任

1 はじめに

 被告東電の福島第一原子力発電所には、SBO対策を含むSA対策に著しい不備があった。

 以下では、被告東電の過失責任につき論じる。


2 SA・SBO対策に関する過失責任

(1)被告東電が講じていたAM策について

 上記第3で述べたように、原子力安全委員会は、1992(平成4)年5月、電気事業者の自主的なAMの整備を強く推励することを決定し、これを受けて、通商産業省は、同年7月、電気事業者に対し、その自主的取組としてAMの整備を進めるよう指示した。

 そこで、被告東電は、1994(平成6)年3月までに福島第一原発及び福島第二原発におけるAMの検討を行い、2002(平成14)年5月までにその検討結果を踏まえた各種AM策の整備を行い、その結果を記したAM整備報告書を保安院に提出した。


 もっとも、被告東電の整備したAM策では、SA対策としてのAMの原因事象が内的事象に限定され、自然災害等の外的事象は原因事象の対象外とされていた。

 被告東電が、2002(平成14)年までに整備した各種AM策は、以下のとおり、①設備上のAM策の整備、②AMの実施体制の構築、③AM用の手順書類の整備、④AMに関する教育等の整備の4つに大きく分類できる(政府事故調中間報告432頁)。


① 設備上のAM策の整備

被告東電の整備した設備上のAM策は、原子炉停止機能、原子炉及び格納容器への注水機能、核の容器からの除熱機能、電源供給機能の4つの機能に関して整備がなされた。


② AMの実施体制の整備

被告東電は、AMの実施が必要な状況下では、プラントパラメータ(各計測器の数値、例えば水位・圧力・温度等)等の各種情報の収集、分析、評価を行って各号機の状態を把握し、実施すべきAM策を総合的に検討、判断することが必要であることから、AMの実施体制として、AMを実施する組織(情報班、技術班、保安班、復旧班及び発電班)とその役割分担を明確化し、これらAM実施組織が使用する施設・設備を整備した。


③ AMの手順書類の整備

AMの手順書類については、使用者と事象の進展状況に応じ、運転員が用いる事故時運転操作手順書(事象ベース:AOP、徴候ベース:EOP、及びシビアアクシデント:SOP)、支援組織が用いるアクシデントマネジメントガイド(AMG)等をあらかじめ準備し、これらを中央制御室及び緊急時対策室に備えつけた。


(ⅰ) AOPは、設計上想定される事象ごとにシナリオに従った操作を記載した手順書であり、通常、AM用としては使用されないが、SBOの対応手順についてはこのAOPに記載されている。


(ⅱ) EOPは、事故の原因事象を問わず観測されるプラントの徴候に応じた操作手順を示したもので、多重故障等発生率は極めて低いと考えられる設計想定外の事故・故障等にも対応可能な手順書である。原子炉を未臨界にし、炉心の冷却を確保することにより炉心損傷を防止し、格納容器の健全性を確保することを目的としている。

なお、AMGは、EOPで対応する状態から事象が更に進展し、炉心損傷に至った際に支援組織で使用するガイダンスが記載されている。


(ⅲ) SOPは、AMGの内容につき運転員用の手順書とするため、AMGの中から操作の判断や操作実施に関する重要部分を抽出したものであり、迅速な判断ができるよう、フローチャートを使って具体的な操作選択の手順が示されている。


各手順書間の移行基準は、プラント状態及びプラントパラメータの値により明確に規定されている。EOPの導入については、原子炉が自動停止する事象や、格納容器の圧力が異常に高くなる事象等のプラント状態等を導入条件としており、EOPからSOPへの移行基準は炉心損傷の開始とされ、格納容器のドライウェル内及び圧力抑制室内のγ線線量率から炉心損傷開始を判断することとしている。

④ AMに関する教育等の整備

AMの適切な実施にあたっては、AMの実施組織の要因があらかじめSAの事象に関する幅広い知識を有していることが必要であることから、被告東電は、AMの実施組織における要因の役割に応じて必要な知識の習得、維持及び向上を図るため、AMを実施する組織の全要員に対し、AMに関する教育(ビデオ教材等を使用した机上研修)を実施することとした。


これらのAM策はいずれも内的事象のみを原因事象として想定したものに過ぎず、地震やそれに伴う津波などの外的事象を原因事象とするSAへの対策とはなっていなかった(政府事故調中間報告439、440頁)。また、被告東電は、上記AM整備報告書を提出して以降は、主要なAM設備の自主的改善、整備をしなかった。


(2)過失を基礎づける被告東電の認識

しかしながら、上記第3で述べたSA対策に関する世界の動向や日本での知見の進展を踏まえると、被告東電は、遅くとも2006(平成18)年ころまでには、自社のSBO対策に不備があり、外的事象を想定したAM策を講じておく必要性についても十分に認識していたと言える。

 すなわち、被告東電は、上記(1)のとおり、AM整備を一通り完了させた上で、2002(平成14)年5月にはAM整備報告書を提出したが、その報告書が提出されるまでの間に、主要なものを挙げるだけでも、次のような知見の進展があった。


①1993(平成5)年6月11日には、原子力安全委員会全交流電源喪失事象WGが「原子力発電所における全交流電源喪失事象について」と題する報告書を取りまとめ、同報告書において、「短時間で交流電源が復旧できず、全交流電源喪失が長時間に及ぶ場合には、・・・炉心の損傷等の重大な結果に至る可能性が生じる」ことが指摘された。


②1993(平成5)年の通産省原子力発電技術顧問会シビアアクシデント対策検討会において、外的事象の一つである地震を想定したAM対策について検討すべきであるという指摘がなされた。


③2000(平成12)年9月には、原子力安全委員会が安全目標専門部会を設置し、同部会内での検討過程において、地震等の外的事象を対象とした個別プラントごとの解析(IPEEE)に基づく検討を行っていた。


次に、上記AM整備報告書が提出された後においても、主要なものを挙げるだけでも、以下に述べるような知見の進展があった。


①2002(平成14)年7月には、地震調査研究推進本部が「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」を公表し、明治三陸地震と同様の地震が三陸沖北部から房総沖の海溝寄りの領域内のどこでも発生する可能性があり、M8クラスの地震が、今後30年以内に20%の確率で発生する、と指摘していた。

 この長期評価は、外的事象によるリスクが高確率で生じうることを明らかにするものであった。


②2003(平成15)年には、原子力安全委員会安全目標専門部会は「安全目標に関する調査審議状況の中間取りまとめ」を取りまとめ、その中で、地震及び津波・洪水や航空機落下等の外的事象をも検討対象としていた。


③2004(平成16)年には、日本原子力学会標準委員会発電炉専門部会の地震PSA分科会が、地震という外的事象を想定し、確率論的安全評価(PSA)についての手法を検討していた。


④2004(平成16)年12月には、総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会は、リスク情報活用検討会を設置し、同検討会における配付資料「PSA手法とデータの現状」の中に「内的事象や地震事象のレベル1から3PSAの手法及びデータについては、最新知見を継続的に反映し高度化を図る必要はあるものの技術的観点からは成熟しつつある」との記載がなされており、外的事象のうち地震事象については、AM対策を講じることを可能にするだけの知見が集積されていた。


さらに、2006(平成18)年9月19日には、原子力安全委員会が耐震設計審査指針を改訂し(「新指針」)、翌20日には、保安院が、被告東電を含む電気事業者に対して、津波などの地震随伴事象を考慮することや基準地震動を超える「残余のリスク」について定量的な評価を行い報告することを要請していた。

 そして、諸外国では、すでに、1979(昭和54)年のスリーマイル島原発事故や1986(昭和61)年のチェルノブイリ事故を受け、フィルター付ベントの整備や全交流電源喪失規則が設けられるなど、早期にSA対策が進められており(政府事故調中間報告415頁)、1996(平成8年)には、国際原子力機関(IAEA)が、それまでの3層の多重防護を改め、SA対策を含めた5層の深層防護に改訂していた。深層防護の3層及び4層は、SA対策に焦点をあてたもので、この改訂は、外的事象をも想定した対策を講じるよう要請するものであった(国会事故調117頁)。

 以上からすれば、被告東電は、1993(平成5)年ころにはすでに、長時間のSBO、すなわち、30分以上のSBOで、炉心損傷等の重大な結果に至る危険性を認識していたし、遅くとも、2004(平成14)年ころには、長時間のSBOをもたらす危険性のある事象を含めた外的事象を想定したAM策を講じておくべきという国内外の知見に接していたと言える。そして、被告東電は、2004(平成14)年以降、外的事象が実際に生じる危険性や外的事象を想定したPSA手法が具体化していたことも認識していた。

 その上で、上記のとおり、2006(平成18)年9月ころには耐震設計審査指針が改訂され、被告東電は、保安院から、津波などの地震随伴事象を考慮することや、基準地震動を超える「残余のリスク」について定量的な評価を行い報告することを要請されていた。

 そうすると、被告東電は、遅くとも2006(平成18)年9月ころまでには、自社のSBO対策に不備があり、外的事象を想定したAM策を講じておく必要性についても十分に認識していたと言える。


(3)被告東電の注意義務違反


① 被告東電は、遅くとも2006(平成18)年ころまでには上述のとおりの認識があったのであるから、同時点で、外的事象を想定した上で、SBO対策を含むSA対策を講ずる義務があったと言える。

 そして、被告東電が、外的事象を想定したSA対策を検討し、それを反映した緊急時のベント作業などの手順書を策定し、かつ、配電盤の多様化(タービン建屋の地下1階に設置せずに、その場所に多様性を持たせる)、代替電源の確保、代替注水策の整備、災害に強い通信連絡手段の整備、原子炉冷却機能を有する設備に関する事前の教育・訓練などをしておけば、本件原発事故を回避することは十分に可能であった。


② しかるに、被告東電のAM対策は、以下述べるように極めて杜撰であった。 


(ⅰ)SBOを想定したSA対策の不備(政府事故調中間報告441頁)

被告東電は、福島第一原発の原子炉施設が外部電源を喪失した場合に備え、非常用ディーゼルエンジンを各号機に2台(6号機には3台)ずつ設置し、これにより原子炉施設の安全機能を確保するとしていた。

 また、万が一、SBOに陥った場合、非常用復水器(IC)又はタービン駆動の原子炉隔離時冷却系及び高圧注水系により炉心を冷却しつつ外部電源を復旧し、非常用ディーゼルエンジンを手動起動すること及び隣接するプラント間で動力用の高圧交流電源(6900V)及び低圧交流電源(480V)を融通することを手順化していた。

 しかし、被告東電が策定していたこれらAM対策は、隣接するプラントのいずれかが健全であることを前提としていた。また、被告東電は、機械故障や誤操作などの内的事象しか考慮しておらず、自然災害等の外的事象により複数のプラントが同時に損壊故障する可能性を想定していなかった。さらに、SBO時に隣接するプラントから電源融通を受けられない場合の対処方法も策定していなかった。

 このため、隣接するプラントを含む複数プラントが同時に損壊故障して直流電源を含む全電源を喪失するという状況下における、計測機器の復旧、電源復旧、ICの起動操作、格納容器の耐圧強化ベント、SR弁(原子炉内の蒸気を格納容器内に逃がすための弁)の操作による原子炉減圧等の作業のAM対策は全く講じられていなかった。

 また、SBO下における上記作業に必要となるバッテリー、エアーコンプレッサー、電源車及び電源ケーブル等の備蓄もされていなかった。


(ⅱ) 緊急時のベント操作

格納容器ベントの操作については、電源が使用できることを前提に、リモコンで弁を「開」にする手順になっていたが、被告東電は、停電時の操作を想定したAM対策は講じていなかった。


(ⅲ) 消防車による注水策及び海水注入策

被告東電は、消防車による消火系ラインを用いた原子炉への代替注水策をAM対策として整備していなかった。また、海水を注入することについても消防車等で海水を容易にくみ上げることができる方策を一切講じていなかった。


(ⅳ) 災害に強い通信連絡整備の未整備

被告東電は、緊急時においては、各号機で作業をする者と発電所対策本部及び中央制御室とが緊密に連絡を取り合い、各号機における情報を共有することが重要であるところ、このための通信手段としてページング、PHS等が整備されていた。

 ところが、電源喪失時にはページングは使用できず、PHSについても、その電波を集約するPHSリモート装置に搭載されていたバックアップのバッテリーの持続時間が3時間しかもたないものであった。


(ⅴ) 原子炉冷却機能を有する設備に関する事前の教育・訓練不足

被告東電は、従業員に対し、原子炉冷却機能を有するIC、RCIC等の操作に関する知識の習得、操作の習熟等に関する事前の教育・訓練が十分に行われていなかった。


③ このように、被告東電のAM対策は極めて不十分であり、その結果、本件 原発事故を引き起こすこととなった。


第5 被告国の責任

1 被告国の規制権限

 被告国は、国内の原子力発電所の設置ないし稼働に関して強い規制権限を有している。第3章ないし第5章で述べたとおり、被告国は、福島第一原発が技術基準省令に適合していない場合、電気事業法40条に基づき、技術基準適合命令を発することができる。また、電気事業法を所管する主務大臣である経済産業大臣は、技術基準省令を制定ないし改正する権限を有し、あるいは行政指導をする権限も有している。

 そして、被告国は、SBO対策を含むSA対策について、遅くとも2006(平成18)年9月ころの時点で、外的事象及び人為的事象を原因事象として想定した上での対策を講ずるよう、技術基準適合命令を行使するか、あるいは、技術基準省令を改正した上で技術基準適合命令を発出するか、あるいは、行政指導により外的事象及び人為的事象を想定事象に入れた上でAM対策を講じるよう被告東電に対し勧告ないし指示するべきであったにもかかわらず、これらを怠ったのである。

 以下、これらについて詳述する。

 なお、SA対策及びSBO対策については、本件地震及び津波を想定できたか否かにかかわらず講ずべきものであることについては、前述のとおりである。


2 SA・SBO対策の必要性に対する被告国の認識

(1)SA対策の検討開始と1992(平成4)年の原子力安全委員会決定

被告国では、チェルノブイリ原発事故やスリーマイル島原発事故を受けて、米国原子力発電所事故調査特別委員会(1979(昭和54)年)やソ連原子力発電所事故調査特別委員会(1986(昭和61)年)が設置されるなどしていたが、本格的にSA対策について検討が始まったのは、1987(昭和62)年7月に原子力安全委員会が設置した、共通問題懇談会であった。

 共通問題懇談会は、1991(平成3)年にAMに関する報告書をまとめたが、その報告書においてSA対策を電気事業者の自主的対応による「知識ベース」とした。また、1992(平成4)年5月には、原子力安全委員会は、「発電用軽水型原子施設におけるシビアアクシデント対策としてのアクシデントマネージメント」を決定し(以下「平成4年原子力安全委員会決定」という)、その中で、日本国内の原子炉施設の安全性は多重防護の思想に基づいて十分に安全確保されているとした上で、AMについては電気事業者が自主的に整備することを推奨するとした。しかし、この原子力安全委員会決定は、内的事象を前提にしており、外的事象については考慮外にしたものであった。

 この点、アメリカでは、すでに1991(平成3)年の時点で、内的事象のみならず外的事象をも想定したSA対策を講じるべく個別プラントの確率論的安全評価(IPEEE)の実施を開始していたことと対照的である。

 なお、この「平成4年原子力安全委員会決定」は、その後の被告東電におけるAMの基本的方向性を決めるものであったが、それと同時に、原子力発電所の安全性は確保されているという過信を作り出した元凶ともいえるものである。この決定は、本件原発事故後、原子力安全委員会によって2011(平成23)年10月20日に廃止されている。


(2)1992(平成4)年7月の通産省通達と被告東電によるAM整備

1992(平成4)年7月、通産省は、平成4年原子力安全委員会決定を踏まえ、「アクシデントマネジメントの今後の進め方」を取りまとめた。それと同時に、公益事業部長名で、被告東電を含む電気事業者に対し「原子力発電所内におけるアクシデントマネジメントの整備について」と題する通達を発出し、電気事業者の自主的対策としてのAM対策の検討とその実施報告をするよう求めた。

 この通達に対し、被告東電は、1994(平成6)年にAM検討報告書を提出し、さらにその8年後である2002(平成14)年5月にAM整備報告書を提出した。

 しかし、このAM整備報告書は、1992(平成4)年の通産省通達が出されてから、10年もかかって提出されたという点で問題があったのみならず、SAの原因事象として、内的事象のみを想定し外的事象は対象としないという1992(平成4)年5月の原子力安全委員会決定に依拠したものであった点でも問題であった。

 また、同報告書には、次に述べる不備があった。すなわち、複数プラントが同時損壊し全電源を喪失する状況下での計測機器復旧、電源復旧、耐圧強化ベント、主蒸気逃がし安全弁(SR弁)操作による原子炉減圧等の手順化、従業員の訓練及びベント操作の具体的手順が、全て未整備のままであった。また、バッテリーや電源車等の備蓄がなく、使用済み燃料プールへの直接注水ラインの設置や計装系の強化等も記載されていなかった。

 保安院は、同年、被告東電から提出された上記AM整備報告書について検討したが、AM整備報告書に記載されているAM対策の実効性確認や改良点を一切指摘しなかった。


(3)1992(平成4)年以降の知見の進展

上述のとおり、通産省通達が出されてから被告東電によるAM整備報告書が提出されるまで10年もかかったが、同通達が出された1992(平成4)年以降、上記第3(12)以下で述べた知見等の進展があった。

 すなわち、1993(平成5)年には、通産省原子力発電技術顧問会シビアアクシデント対策検討会において、地震リスクを主要な場合とする外的事象を想定したAM策を講じるべきではないかという趣旨の問題提起がなされ、同年6月11日には、原子力安全委員会「全交流電源喪失事象検討WG」が、報告書の中で、短時間で交流電源が復旧できずSBOが長時間に及ぶ場合には、炉心損傷等の重大な結果に至る可能性が生じることを指摘していた。

 1996(平成8)年には、国際的な動向として、国際原子力機関(IAEA)がSA対策強化のため5層の深層防護へと改訂し、諸外国では、このIAEA改訂等を受け、SA対策について規制化を図っていった。

 2000(平成12)年9月には、原子力安全委員会安全目標専門部会で地震等の外的事象を対象とした検討が行われ、2002(平成14)年7月には、地震調査研究推進本部が、明治三陸地震と同様の地震が三陸沖北部から房総沖の海溝寄りの領域内のどこでも発生する可能性がある旨指摘し、2003(平成15)年には、安全目標専門部会が地震、津波、洪水及び航空機落下等の外的事象をも検討対象とした。

 2004(平成16)年5月には、日本原子力学会標準委員会発電炉専門部会地震PSA分科会において、地震PSAに関する学協会規格の策定の検討が開始され、同年12月には、総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会リスク情報活用検討会における内部検討資料に「内的事象や地震事象のレベル1から3PSAの手法及びデータについては、最新知見を継続的に反映し高度化を図る必要はあるものの技術的観点からは成熟しつつある」との記載がなされるに至った。

 2006(平成18)年3月には、保安院の担当者は、NRCを訪問し「B.5.b」について説明を受け、アメリカでは外的事象のみならずテロリズムという人為的事象をも想定したSA対策が講じられていることを認識した。

 同年9月19日には、原子力安全委員会は、耐震設計審査指針を改訂し(「新指針」)、翌20日には、保安院は、被告東電を含む電気事業者に対して、「残余のリスク」については定量的な評価を行い報告することを要請していた。

 このように、平成4年原子力安全委員会決定以降も、地震事象を想定したAM対策を講じることを可能にするだけの知見と技術が集積されていた。被告国は被告東電によるAM整備報告書の提出を10年もの間漫然と待つのではなく、これらのアップデートされた知見を反映させるよう、改めて通達を発出するなどすべきであった。


(4)被告国の認識

(3)で述べた知見などの進展を踏まえると、被告国は、1993(平成5)年6月には、SBOが長時間に及ぶ場合、すなわち、SBOが30分以上継続する場合に、炉心損傷等の重大な結果に至る危険性があることを認識していたと言えるし、2002(平成14)年ころには、内的事象のみならず外的事象を想定したAM対策を講じる必要性を認識していたと言える。

 このため、被告国は、同年に東電から提出されたAM整備報告書の問題点、すなわち、複数プラントが同時損壊し全電源を喪失する状況下での電源復旧や主蒸気逃がし安全弁(SR弁)操作による原子炉減圧等の手順化などについて未整備のままであった点やバッテリーや電源車等の備蓄もなされていない点などについて、これらがAM策として重大な欠陥となっていることを認識していた。

 そして、同年以降、原子力安全委員会安全目標専門部会や日本原子力学会などにおいて、外的事象を想定した検討がなされており、2003(平成15)年12月には地震PSAの手法についても「成熟しつつ」あったのであって、このような知見の進展の中で、2006(平成18)年9月には、原子力安全委員会が耐震設計審査指針を改訂するに至っている。また、同年3月には、保安院の職員が、米国原子力規制委員会を訪問し、米国におけるSA対策について情報収集をしていた。

 そうすると、被告国は、遅くとも2006(平成18)年9月ころには、内的事象のみならず外的事象・人為的事象を想定した、SBO対策を含むSA対策を講じる必要性を十分認識していたと言える。


3 結果回避可能性について

被告国が、SA対策につき、2006(平成18)年9月ころ、技術基準適合命令を行使し、あるいは、技術基準省令を改正した上で技術基準適合命令を発出し、あるいは、行政指導により外的事象及び人為的事象を想定事象に入れた上でAM策を講じるよう勧告・指示するなどしていれば、本件原発事故を回避できたことは明白である。


4 規制権限不行使の違法性

 以上からすれば、被告国には、SBO対策を含むSA対策について、2006(平成18)年9月ころの時点で、その有する規制権限を行使する義務があったと言えるのであり、実際にはその権限を行使することを怠ったのであるから、被告国の違法性は明白である。


第7章 被告らの共同不法行為

被告東電の不法行為と被告国の不法行為は、いずれも本件原発事故に関する過失を内容とするものであり、福島第一原発は、被告国が国策として推進し、被告国の規制・監督のもとに、被告東電が操業していたところ、被告国において必要な規制権限等を怠る等し、被告東電においても必要なSA対策等を怠った結果によって、本件原発事故が発生したものであるから、その両者の過失行為には、客観的な関連共同性が認められる。

 よって、被告らは、民法719条1項前段により、連帯して、本件原発事故により発生した損害を賠償すべき責任を負う。

 なお、被告東電が原賠法により責任を負う場合についても、原賠法による賠償責任の性質は、不法行為であるから、民法719条1項が適用され、被告国との間で共同不法行為が成立することに変わりはない。


第8章 本件原発事故による被害の実態

第1 原告らの生活基盤を形成する「ふるさと」

1 原告らの故郷である福島

福島県は、北海道、岩手県に次ぐ全国第3位の面積を誇る。約1万4000平米の広大な土地は、東部の阿武隈高地、中央部を南北に縦断する奥羽山脈、北部から西部に連なる飯豊連峰・越後山脈といった山岳地帯を擁し、それらにより、太平洋と阿武隈高地に挟まれた浜通り、阿武隈高地と奥羽山脈に挟まれた中通り、奥羽山脈と越後山脈に挟まれた会津の3地域に分けられる。これらの地域は、気候、文化、歴史が全く異なり、それぞれ独特の社会を形成してきた。



2 原告らの暮らし

原告らを含む原発事故被害者らは、福島の地において、会津磐梯山や阿武隈高地、猪苗代湖、高瀬川渓谷、木戸川渓谷などに慣れ親しみ、自然との調和のもとに生活し、自然の豊かな恵みを受けて生活してきた。このような恵まれた自然環境のもと、家族や地域の人々、職場の人々と交流し、充実した仕事に日々従事し、あるいは、ペットや家畜などと触れ合いながら、人間らしい生活を送ってきた。その地域に、自己実現の場があり、文化を継承し創造していく場を実現し、築き上げてきたのである。


3 「ふるさと」とは-“かけがえのないもの”

「ふるさと」という時、一人一人思い浮かべる具体的な情景(表象)は異なる。ある者は、生まれ育った地域の山や川を思い、またある者は、家族や友人知人の顔を思い浮かべるだろう。その地域ならではの食材や料理、あるいは地域の祭りを思い浮かべる者もいるだろう。このように、個々の人が「ふるさと」に込める意味はさまざまである。

 しかし、共通するのは、地域の中で続けられてきた人びとの営みの中で育ま れてきたものだということである。それはまた、それぞれの原告にとって、その人らしい生活を営むための“かけがえのない”基盤であったという点でも共通する。

 原告らが「ふるさと」というとき、それは、単に生まれ育った地を意味するものでも、単に本件事故当時住んでいた地を意味するものでもない。「ふるさと」とは、地域の自然や社会そのものであり、家族との生活であり、自己の生業であり、知人友人との人間関係であり、趣味のサークルや地域の祭りなどの総体である。すなわち、上記1及び2において述べたものは、「ふるさと」の構成要素に過ぎない。それらをすべて含み、個々の構成要素に分解することのできない、生活の場・生活基盤の総体が「ふるさと」なのである。

 そして、各人が有している家族との生活、生業、人間関係などは、個々別々に存在しているのではなく、多くの場合、他者の有しているそれらと重なり合い、全体として一つの「ふるさと」という輪を作り上げている。さらに、一世代だけのものではなく、祖先から受け継がれてきたものであって、新しい者が参加することによって新たな発展を遂げてきており、将来にわたっても長く発展していくはずのものであった。

 原告らは、それら全てを含めた、その人らしい生活を営むための基盤の総体を「ふるさと」と呼んでいるのである。同時に、それは、単に原告らに対して誰かから与えられていたものではなく、原告らが、自ら、日々の生業と生活の中で育んできたものであり、代替性のない“かけがえのないもの”なのである。

 原告らは、本件原発事故以前、それぞれの居住地において、それぞれの生業、それぞれの生活を営み、その中で家族や地域での人間関係や文化を育んできたのであって、本件原発事故さえなければ、そのままの生活を継続することができたはずであった。


第2 本件原発事故がもたらしたもの=「かけがえのないもの」の破壊

1 はじめに

本件原発事故による被害は、人々の性別、年齢、家族構成、職業、ライフスタイル等によって多種多様であるが、被害実態を正確に把握するためには、まず、本件原発事故被害の特徴を押さえる必要がある。そして、原告らを含む原発事故被害者らの被ばくへの恐怖、健康不安への苦しみ、避難に伴う苦しみなどの実情について真摯に向き合うことが不可欠である。

 これら被害の特徴及び実情を踏まえれば、本件原発事故は、原告ら原発事故被害者の「かけがえのないもの」を破壊したという結論に行き着く。


2 本件原発事故被害の特徴

 本件原発事故による被害は、人為的に作られた放射性物質が大気中に広範囲に拡散し、このために実に多くの国民が放射性物質による放射能に曝されたという、これまでわが国が経験したことがない公害問題であるという最大の特徴がある。この特徴については、以下のように整理することができる。


(1)被害の広範性

まず、「第2章 第5の1 放射性物質の拡散」において述べたとおり、本件原発事故は、極めて広範に放射性物質を拡散させた。

 例えば、平成23年3月15日には福島第一原発4号機で水素爆発が起こり、また、同2号機から放射性物質が漏出等したことから、福島県内の放射線量は、飯舘村で44.7μSv/h、いわき市で23.72μSv/h、福島市(紅葉山モニタリングポスト)で最大19μSv/h、郡山市合同庁舎3階計測ポイントで8μSv/hにも達し、その後も前述のICRP勧告(年間実効線量限度を1mSv)に照らして到底安全とはいえない線量値が続いている(本訴状52頁にある「セシウム137の積算量」の図を参照頂きたい。なお、上記44.7μSv/hを年間線量に換算すると約391mSvにも達する。)。

 このため、統計上判明しているだけでも30万人以上の避難者の者が避難を余儀なくされた。


(2)被害の継続性

本件原発事故により大気中に拡散した放射性物質は、降雨などによって土壌や海洋等に降下し、循環を繰り返しながら、将来長期にわたって残り続ける。

 このように放射性物質が残存するために、避難者らは、もともと生活していた地域に帰ることが困難であり、生活再建の目途さえ立たない。放射線被ばくを受けたことから、これによる恐怖や不安に日々悩まされている。避難者らは、精神的に追い込まれており、経済的に困窮している者も多数存在する。

 また、やむをえず被災地にとどまる者は、放射線被ばくを日々継続的に受けており、健康が害され続ける恐怖や不安におびえながらも、仕事を辞めることができないなどの事情により被災地にとどまり生活を続けている。母子が避難するなどして家族が離れ離れとなっていることも多く、被災地にとどまっている夫などは、避難した家族に対し毎月仕送りを送りながらも、家族と日常的に容易に会えないという孤独をも抱えながら生活をしている。

 原告らの中には、福島県福島市に居住し、あるいは、同市から愛媛県に避難してきた者がいるが、たとえば、平成26年2月26日午後3時30分時点での、同市内渡利学習センターに設置されたモニタリングポストに表示された空間線量は、0.303μSv/h、である。他方で、同時刻の愛媛県松山市に所在する県衛生環境研究所に設置されたモニタリングポストの空間線量は、0.048μSv/hである。松山市内で計測された空間線量と上記福島市内で計測されたそれとでは、後者が前者の約6倍の線量となっている(いずれも原子力規制委員会ホームページより。)

 このように放射線量は容易に低くならない。このため、原発事故被害者らに生じている被害は、相当長期に亘って継続する。


(3)被害の深刻性

原告らを含む原発事故被害者らは、本件原発事故により、放射線被ばくによる健康被害がいつ現実化するか分からないという恐怖・不安にさいなまれる日々を強いられることとなった。被害者らは、目にも見えず臭いもなく五感で感じることのできない放射線につき、「どの程度被ばくをしてしまったのか」、「健康被害がいつか出るのではないか」という恐怖や不安を一生涯にわたって抱き続けなければならないし、子どもがいる被害者らについて言えば、自分の愛するわが子に放射線被害が出るのではないかという絶望感に似た不安感を抱き続けなければならない。

本件原発事故は、後に述べる、原告らを含む原発事故被害者の平穏生活権等の人格的利益を根こそぎ侵害したと言えるのであり、この意味で、非常に深刻である。


(4)本件原発事故前に形成されていたコミュニティを破壊

本件原発事故は、原告ら被害者にとって、住み慣れた土地、それまで培ってきた人間関係、就労就学環境、その土地の習俗など、それら一つ一つがその人の人格を形成し、あるいは、これを支えてきた要素であり、これらが不可欠のものとして有機的に絡み合って構成されていた生活環境(コミュニティ)を破壊した。

 被害者らは、本件原発事故により、このような有形無形の価値や関係性を回復不可能なまでに喪失させられ、その生活を根本から狂わされたのである。その喪失感や孤独感は計り知れず、本件原発事故は、この意味でも深刻な被害をもたらしたのである。


(5)被害の複合性

そして、上記のような被害者らの精神的負担、経済的困窮、放射線被ばくへの恐怖、コミュニティの破壊といった被害は、複合的に絡み合っている。

 以下、本件原発事故による具体的な被害実態について詳述する。


3 避難者の避難に伴う苦しみ

(1)本件原発事故直後に避難した者

平成23年3月11日午後7時03分に被告国によって原子力緊急事態宣言が出されるも、その情報は十分に伝わらず、多くの人は放射性物質の飛散する地域に居住しながら、福島第一原発で事故が発生しているということに気付いていなかった。

 避難者の中には、とにかく避難したほうがよいという情報だけを頼りに、状況を正確に把握できないまま、被告国の指示に拘わらず、避難を始めた者も少なくなかった。

 被告国による避難指示を聞いて避難を始めた者であっても、原発事故による避難であることが伝わっておらず、結局、避難者は、お互い携帯電話などのメールなどで情報交換しながら、なぜ避難しなければならないのか、どこに避難すればよいのか、いつ戻れるようになるのかもまるで分からないまま、着の身着のままで避難することを余儀なくされた。


(2)悩みぬいた末に避難した者

また、避難指示に拘わらず、避難した避難者らの中には、本件原発事故直後に避難をした者ばかりではなく、放射線被ばくを避けるため、考え抜いた末、苦渋の決断として、避難することを選択した者、仕事などに区切りをつけたり身辺整理をしたりしたうえで避難をした者も数多くいる。

彼らは、被ばくによる健康への影響についてさまざまな情報が飛び交い、被告国や被告東電からの情報に不信を抱く中、仕事や学校、住居、人付き合いなどそれまでの生活を失ってでも、あるいは、父親と母子が離れ離れになる二重生活を覚悟してでも、被ばくを避けたいという思いから、悩みぬいた末に避難を決断したのである。


4 被災地に留まることに伴う苦しみ

原発事故被害者の中には、自身も放射線被ばく受け恐怖や不安を抱きながらも、一家の家計を担う立場で仕事を辞めるわけにはいかず、被災地での生活を継続することを決断した者もいる。

 かかる者の決断も、避難者同様、苦渋の決断であった。かかる者は、放射線量の高い地域で暮らすことにより、放射線被ばくを受け続け、永続的な健康被害の不安に日々苛まれることになる。そして、家族と離れ離れの生活を送ることになるため、孤独感は計り知れず、また、自身の生活をしながら妻子に仕送りする二重生活は極めて重い経済的負担となっている。

 被災地に留まるということは、いつになったら放射線量が本件原発事故前の状態に戻るのか分からない状況下で、放射線被ばくへの恐怖・不安と孤独感などに堪え忍ばなければならず、避難を選択することと同様、あるいはそれ以上に、深刻な精神的苦痛を伴うのである。


5 放射線被ばくに対する生涯の不安

(1)被ばくへの恐怖・不安

避難せずに被災地に留まっている者についていえば、現在でもなお、放射性物質が放つ放射線に晒されているのであるから、健康被害への恐怖や不安は甚大である。

他方で、避難者についても、避難したからといって放射線被ばくへの不安が解消するわけではなく、「被ばくをしてしまった」、「子どもを被ばくさせてしまった」、「甲状腺がんなどの疾病が発症するのではないか」などの不安を抱えながら日々過ごすことを余儀なくされる。

本件原発事故発生直後、住民に対する内部被ばくの調査等が極めて重要であったにもかかわらず、十分な調査がなされることはなかった。個々人が線量計を常に携帯できたわけでもなく、ホールボディカウンターによる検査が継続的かつ広範な地域で実施されているわけでもない。多くの原発事故被害者らは、自らの被ばくの程度を確認する手段さえもなく、このことが、とりわけ子どもを持つ母親や妊婦らに非常に大きな精神的苦痛をもたらした。

 平成24年3月から7月にかけて大阪弁護士会災害復興支援委員会が実施した「大阪府下への避難生活等に関する聞き取り調査」(以下「大阪弁護士会聞き取り調査」という)によっても、

「自分が(被ばくにより)病気になってしまうのではないかという恐怖がある。」

「3月14日~16日にかけて子どもを外で遊ばせてしまった。報道では、大きな問題には発展しないという雰囲気であり、大丈夫かなぁと思っていた。風が強く、砂埃が舞っており、当時、どれだけの被ばくをしてしまったのか考えただけでも恐ろしい。」

と、五感で感じることが一切できない放射線に対する恐怖、子どもを被ばくさせてしまったという自責の念や被ばくによる健康被害への不安の声が聞かれた。


(2)生涯にわたる健康被害への不安

 放射線被ばくの影響は、長期間を経て健康被害として具体化する危険性がある。

 現在、福島県による県民健康管理調査の一環として甲状腺検査やホールボディカウンターによる内部被ばく検査等が実施されている。もっとも、甲状腺検査の対象者は事故当時18歳以下の福島県民に限定されており(19歳以上は検査対象とならない)、内部被ばく検査は福島県外の場合、検査可能な場所が限定されている(四国で内部被ばく検査をするには、自費となるし、この検査が受けられる医療機関はごく限られている)。内部被ばく検査を実施する体制は極めて不十分であり、被害者らの被ばくによる健康被害への不安は日に日に大きくなっている。

 すなわち、被害者らの放射線被ばくによる健康被害に対する不安は一時的なものではなく、また、検査体制が整備されたとしても解消するものではなく、被害者らは、生涯にわたって、放射線被ばくによる健康被害の不安を抱え続けることになる。


6 生活基盤の崩壊

(1)生活基盤・仕事の喪失

避難者らの中には、避難を余儀なくされることにより、それまでの仕事を失い、生活の糧を得る基盤を失った者がいる。本件原発事故から約3年月が経過してもなお、本件原発事故前の住み慣れた土地に帰る見通しはたたず、避難先で就業をするべきなのか、本件原発事故前の住み慣れた土地で仕事を探すべきなのかを決めることができず、生活再建の目途をたてることができない者も少なくない。

 そして、仕事の喪失は、収入を失うという財産的な損害だけでなく、それ自体が耐え難い喪失感を与えている。自らがやりがいや誇りをもって行っていた仕事を奪われたこと、奪われた仕事を取り戻すことの難しさ、これらによって避難者らが受けている喪失感は計りしれない。このような喪失感は、避難前にいかなる職業に就いていたとしても生じるものであるが、例えば農業のように土地に密着した職業を想起すれば明らかであろう。


(2)生活費の増加・経済的困窮

避難者らは、仕事という生活の糧を喪失した一方、避難生活に伴う生活費の増加等により経済的に困窮している。着の身着のままの避難や最小限の荷物しか持ち出せない中での避難を強いられた者や、父親が被災地に残って母子が避難するという二重生活を選択せざるを得なかった者は、避難先で生活をしていくために家電や家具を新たに購入しなければならない。また、本件原発事故以前、自らあるいは地域で米や野菜などの農作物を作り交換しあうなどの自給自足の生活をしていた者は、そのような生活が不可能になり、すべての食品を購入せざるを得なくなったため、生活費は必然的に増加した。

 さらに、避難しながら、被災地に残してきた住居の住宅ローンを支払い続けている避難者もいる。家族が別々に暮らす二重生活により、家賃をはじめとする生活費が増加し、経済的負担に苦しんでいる避難者も多い。

 特に避難指示に拘わらず避難した、いわゆる自主避難者は、被告東電からごく低額の補償しか受けられないか、あるいは、全く補償を受けられていないのであり、多くの避難者が、これまでの預貯金を切り崩しての生活を余儀なくされている。


7 本件原発事故被害者らの分断とそれによる葛藤

(1)「区域外」の地域から避難した者の苦しみ

いわゆる「区域内/区域外」という「線引き」は、被告国が緊急的に設定したものであり、本来、原発事故被害者に対する必要な支援の有無や程度や損害賠償請求権の有無と必ずしも連動しない。それにもかかわらず、現状として、被告国や被告東電は、「区域内/区域外」という区分けに基づき支援施策やその内容を分けており、原発事故被害者らを分断し、いわゆる「区域外」の被害者に対する支援は全くといってよいほど実施されていない。

 「区域外」の地域から避難した者は、健康被害のリスクがあるならば被ばくを避けて生命や健康を守りたいという思いから避難を余儀なくされたのであり、これは、社会的にみて相当な判断である。それにもかかわらず、避難した者は、時に、避難したことを周囲から責められることがある(「区域外」特有の軋轢)。例えば、被災地に留まる家族や地域住民から、「放射能は安全だと言われているのに、なぜ避難しているのか。」「故郷を捨てる気か。」などと中傷され、避難に伴う被害を「自己責任」であるかのように責められることがある。あるいは、「あなたはいいわね。避難ができて。」、「なぜ逃げた人の方が東電からたくさんもらうのか、残っている人の方が被ばくを我慢しているのに。」などと妬まれることもある。

 避難した者の多くは、このような周囲との軋轢に日々精神的に追い詰められてきた。そして今もなお、離れて暮らす家族や友人から、避難をしていることについてほとんど理解を得られず、孤立感を深め、人間関係に亀裂を生じさせているという状況にある者もいる。

 このような対立構造は、後記8のとおり、コミュニティの最小単位である家族の中にも生じさせ、夫婦間、親子間の関係にも耐えがたい軋轢をもたらしている場合もある。

 「区域外」の地域から避難した者は、このような人間関係の軋轢も含めた精神的負担や経済的負担を抱え日々苦痛に耐えている。


(2)本件原発事故被害者らの分断

さらに、避難等を巡る「指示」や「区域」等の設定、「区域」によって異なる賠償基準の差は、原発事故被害者らの分断・対立という新たな被害を生み出し、被害者らを苦しめている。

 放射線による被ばくの恐怖から逃れるために避難した者について、避難に伴う負担・苦痛は「区域外/区域内」で本質的な違いはないはずである。しかし、このような区域の設定、当該設定に基づく公的支援(住宅支援、医療費の免除、義援金の分配、避難先での行政サービスの享受の有無等)の差、金銭賠償の不平等な取扱いにより、本件原発事故の被害者は、「区域内」被害者、「区域外」被害者に分断させられ、さらには、上記(1)で述べたように避難者と留まる者とに対立させられている。

 本来、避難指示に基づき避難した者、あるいはこれに拘わらず避難した者、そして被災地に留まった者は、いずれも本件原発事故の被害者であり、ともに被害の回復を求めていくべき立場にある。しかし、被害者らは、自らを非難されるのではないかと周囲の目を恐れざるを得なくなり、本件原発事故による放射線被ばく、避難、賠償などのことを自由に語れない状況におかれ、各々の溝はより深いものになりつつある。

 このように、原発事故被害者らは、被告国及び被告東電によって、放射線被害のみならず、人間同士の関係まで破壊されるという被害を受けているのである。


8 避難生活に伴う家族の分断

避難者らの中には、家族ごとにまとまって避難をできず、家族が物理的にも精神的にも引き裂かれ、離ればなれになってしまった者も多い。

 特に「区域外」の地域から避難した者においては、父親(夫)が仕事の関係などで被災地に残らざるを得ず、母子のみが避難するという状況が生じている場合が多く見られる。原告らの中にも、母子のみが避難を行っている家庭が存する。

 この被災地と避難先との二重生活によって、家賃、光熱費等の生活費が増加し、四国と被災地とを行き来することは、経済的にかなり負担である。このため、分断された家族は、本件原発事故以前には当たり前であった自由な家族間の交流が困難になっている。

 それにより、被災地に留まっている者(母子避難の場合の父親等)は、避難をしている家族(母子避難の場合の、妻及び子)から物理的にだけでなく精神的にも距離が生じて孤独感を深めることとなっている。

 さらに、離ればなれの生活の長期化によって、それぞれが精神的に追い詰められていく中、放射線への危機意識の考え方の違いが表面化したり、あるいは、家族全員の同居を求める思いと避難生活を続けるべきという思いが衝突したりすることによって、家族内で対立を生じさせ、家族関係に亀裂が入り、離婚問題にまで発展する事態も生じている。


9 コミュニティの喪失

 原発事故被害者らの多くは、本件原発事故が起こるまで、住み慣れた土地(ある者にとっては先祖代々受け継いできた土地)に住み、家庭菜園や畑で野菜を作って親類や友人と交換し合うなど、自然豊かな環境の中で充実した生活を送っていた。また、そのような物的環境、地域住民との人的関係に囲まれた社会生活環境の中で、互いに助け合いながら生活していた。

 ところが、本件原発事故のために放射性物質に汚染され、これを避けるため避難を余儀なくされる者が続出し、その社会生活環境は破壊された。避難を余儀なくされた者らは、愛着のある土地から離れざるを得なくなった。またその多くは、避難をすることにより仕事や住居を失った。本件原発事故前には当たり前だった地域の人々との交流も失った。住み慣れた故郷で人生を全うしたいという思いも奪われた。

 避難した者はそれぞれ、奪われた望郷の念を抱きつつ、その多くにとって見知らぬ土地で、喪失感に苛まれながら、孤独で不安な日々を送っている。

 大阪弁護士会の聞き取り調査によっても、母子で避難した母親から、「子どもと二人きりで自分が病気になったときにどうなるのだろうかと思ってしまう。子どもと餓死してしまうのではと不安になったりする」といった切実な声も聞かれる。

 このような孤独感は、避難先における人間関係によっても深まっている。例えば、放射線による健康被害、食品の安全等についての避難先との危機意識の差によって孤独を感じることがある。あるいは、被告東電に対して賠償を求めていくことに対し「働かずに金をもらおうとしている」という謂われのない偏見や福島県出身であることを理由に子どもがいじめられるなどを恐れ、避難してきた者であることを言い出せずに、孤独感を深めている者もいる。


10 子どもたちの受けた被害

本件原発事故は、子どもたちにも、固有の被害を与えている。子どもたちは、被災地においては、本件原発事故前のように自然と触れ合いながらの生活を奪われ、外で遊ぶことも制限され、服装も制限され、学校でのプールも制限され、被ばくを意識しながらの行動を強制させられた。

 また、避難してきた子どもたちは、それに伴い、多感な時期に、学校の同級生や先輩、教職員らをはじめとする人間関係から突然別離することとなった。さらに避難先においても、福島県出身であることを理由にからかわれたり、いじめられたりすることもある。本件原発事故による環境の急激な変化による心身の不調を訴える子どももいる。

 加えて、避難により家族、多くは父親との別離を強いられた子どもは、家族間との交流の機会までも奪われている。大阪弁護士会聞き取り調査によっても、

「子どもが子どもながらに父親と別々に暮らしていることについて気を遣っているようで、つらい」、

「父親と離れて暮らしており、連休ぐらいしか子どもと父親は会えない」、

「幼い子どもは離れて暮らす夫になつかない」

などの声が聞かれており、家族の分断は子どもの心理状態や成長に深刻な影響を与えている。


11 本件原発事故前に住んでいた地域に帰る見通しがたたないこと 

避難した者らが、本件原発事故前に住んでいた地域への帰還を望んだとしても、本件原発事故前に比べて高い放射線量が測定されつづけている限り、安心して帰還することなどできない。また、被災地におけるインフラ修復が整わない場合はもちろんのこと、被災地では未だに余震とみられる地震が頻繁にある。さらに、多くの地域では除染計画が遅れ、除染が行われた地域であっても、除染後に再び放射線量が上昇している場合もある。そして、未だに放射性物質を含む汚染水漏れが報道されるなど、福島第一原発の状況は予断を許さないものと言わざるを得ず、避難者らは更なる原発事故が起こるのではないかと危惧している。

 しかも、帰還を困難とする事情は、このような環境の問題だけではない。帰還するということは、避難先で苦しみながら築いてきた生活環境を清算させられることを意味している。その清算を経て帰還したとしても、本件原発事故により分断され、軋轢の中で避難した避難者において、事故前のような人間関係を再び構築することは、困難で負担を強いられる作業である。避難者らの多くは、帰還に伴い、生活を維持するための収入を確保しなければならず、経済的問題にも直面することにもなる。

 このような事情より、避難者らが本件原発事故前に住んでいた地域(それは、事故前と同水準の放射線量が計測される地域のことである)に帰ることを願ったとしても、事実上困難なのである。


12 本件原発事故による被害の実態のまとめ

以上のとおり、本件原発事故は、広範囲にわたって数多くの原発事故被害者を生み、彼らを精神的・経済的に追い詰め、放射線被ばくによる健康被害への永続的な恐れを抱かせている。

 また、本件原発事故は、住み慣れた土地を奪い、仕事を奪い、かつての学校生活を奪い、子どもの自由を奪い、家族の交流を奪った。さらには、原発事故被害者らを事故前に築き上げてきた人的物的な社会生活環境から分断させ、喪失感や孤独感を強いている。

 さらに、区域内外に由来する支援内容等の違いから、本来対立する必要のない原発事故被害者同士を対立させている例もある。

 原発事故被災地にとどまる者は、日々被ばくさせられており、他方で、避難者らは、帰還すべきか否かの葛藤を日々抱えるも、放射線量が本件事故前に戻らないことから帰還の見通しも立たず、帰りたいと願っても、その思いは実現を望めない。

 このような本件原発事故による被害は、それぞれが複合的に絡み合って、深刻な影響を被害者の生活全般に与えているのである。

 その人らしい生活を営むための基盤の総体を「ふるさと」と呼んだが、原告らは、本件原発事故さえなければ、その“かけがえのない”「ふるさと」の中で、それまでの生活を継続することができたはずであった。

 ところが、本件事故は、このような生活・暮らし、自然環境、文化などを根本から破壊し、美しい故郷は放射性物質に汚染された「不毛地帯」と化してしまった。愛する美しい故郷が汚され、帰る場所も無いという「喪失感」によって、生きる気力を失いつつある人も数多くいるのである。


第9章 本件原発事故による原告らの損害

第1 被侵害利益

1 はじめに

本件原発事故による被害は、上述のとおり、深刻かつ永続的で、広く社会生活全般に及ぶ。第8章で述べた通り、その被害の実態は、多岐にわたり、原告らのこれまでの生活環境、職業、生き方、人間関係等により、多様な現れ方をしている。その被害のいずれもが、いわば「人生そのもの」に対する重大な侵害であるが、これらは、居住移転の自由、職業選択の自由(憲法22条)、教育を受ける権利(憲法26条)、幸福追求権(憲法13条)などの枠にとどまらず、複雑に絡み合って、極めて深刻で複合的な権利侵害を生じさせている。

 そして、原告らに共通する被侵害利益は、以下の、二つの人権侵害として、評価することができる。

 第一に、本件原発事故により、原告らは、放射線被ばくの危険や不安にさらされ、住み慣れた生活環境・コミュニティでの生活のみならず、将来にわたる生活の平穏を奪われた。これは、原告らの「平穏生活権」を侵害するものである。

 第二に、本件原発事故により、原告らは、避難するか否かという不合理な選択を強いられ、これまで自らの意思によって選択し、築き上げてきた人間関係、社会における価値、財産、習慣等様々な要素からなる社会生活環境を奪われ、人生の様々な要素についての変更を強いられた。これらは、当該社会生活環境を基盤とする人生の発展可能性を奪うもので、「人格発達権」を侵害するものである。

 そして、これらの人権侵害は双方が密接に関連し、本件原発事故被害者らに対して、日常的恒久的に全人格的被害(損害)をもたらしている。

 以下、平穏生活権及び人格発達権について説明する。


2 平穏生活権

(1)内容

平穏生活権とは、人格権の一種として、平穏で安全な生活を営む権利である(東京高判昭和62年7月15日(判時1245号3頁)いわゆる横田基地騒音訴訟)。

 そして、平穏生活権は、「恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利」(憲法前文)、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」(憲法13条後段)として保障されるものである。

 また、その内容は、仙台地判平成4年2月28日(判時1429号109頁)が「客観的には飲用・生活用水に適した質を確保できたとしても、それが一般通常人の感覚に照らして飲用・生活用に供するのを適当としない場合には、不快感等の精神的苦痛を味わうだけでなく、平穏な生活を営むことができなくなるというべきである。したがって、人格権の一種としての平穏生活権の一環として、適切な質量の生活用水、一般通常人の感覚に照らして飲用・生活用に供するのを適当とする水を確保する権利があると解される。」として、社会生活上の様々な領域に妥当しうることを示している。


(2)本件における平穏生活権侵害

本件では、住み慣れた生活環境が広範囲にわたって放射能で汚染されたにも関わらず、原告らは、十分な情報を与えられないまま行動を強いられ、放射線被害の危険や不安に晒された。

 避難を選択しなかった者は、現在も放射線被害の危険や不安に晒され、行動を制限されながらの生活を強いられている。

 さらに、自分や家族の正確な被ばく量もわからないまま、生涯にわたって、放射線被害がいつどのような形で発現するかわからないという、永続的不安におびえ続けることになった。

 このように、原告らは、放射線被害の不安のない平穏な生活を、将来にわたって奪われ、平穏な生活を侵害された。

 加えて、原告らは、放射線被害を危惧し逡巡する住民相互における緊張関係や軋轢の中での不穏な生活を強いられている。特に避難した者は、避難先においても、生活に将来が見通せない不安、被災地への帰還に対する葛藤など、精神的に不穏な生活を日々強いられている。


3 人格発達権

(1)人格発達権とその法的根拠

   そもそも、自らの選択に従って社会の様々な事物に触れ、人と接しコミュニケートすることは、人が人として生存するうえで決定的に重要である。

 そして、自らの選択に従い築き上げてきた社会生活環境(これを第8章で述べた「ふるさと」と言い換えることができる)のもとで、さらなる選択を続けながら人格を発達させる機会を保障されて初めて、人生の発展可能性が確保されたといえる。このような人生の発展可能性を享受する自由は、人が生まれながらに持つ自由である。

 したがって、自ら築き上げてきた社会生活環境を奪われることは、このような人生の発展可能性を享受する自由に対する侵害であり、その被害は、人の社会生活全般に、かつ恒久的に及ぶ。

 その被害は、居住場所や就業機会の制限という観点からみれば、居住・移転・職業選択の自由(憲法22条1項)の侵害という側面があり、同様に、財産権(憲法29条1項)、生存権(憲法25条1項)、教育を受ける権利(憲法26条1項)、労働権(憲法27条)、さらには子どもの権利条約6条2項(生存・発達の確保)、9条1項本文(父母から分離されないことの確保)、24条(健康及び衛生的な環境の享受、医療を受ける機会の確保)、28条(教育を受ける機会の確保)によって保障される各権利の侵害といった側面がある。

 もっとも、将来にわたる社会生活全般に対する恒久的被害は、これら各権利の侵害という枠内で的確に把握し得るものではない。その被害は、人が生来持つ自由な人生の発展可能性を奪うものとして、憲法13条を根拠とする人格権そのものに対する被害として捉えなければならない。


(2)ハンセン病国賠訴訟

ハンセン病国賠訴訟(熊本地判平成13年5年11日(判時1748号30頁))も、次のように、このような人格発達権が憲法13条によって保障されていることを判示している。

「自己の選択するところに従い社会の様々な事物に触れ、人と接しコミュニケートすることは、人が人として生存する上で決定的重要性を有することであって、居住・移転の自由は、これに不可欠の前提というべきものである。」

「法の隔離規定によってもたらされる人権の制限は、居住・移転の自由という枠内で把握し尽くせ得るものではない。ハンセン病患者の隔離は、通常極めて長期間にわたるが、たとえ数年程度に終わる場合であっても…人として当然に持っているはずの人生のありとあらゆる発展可能性が大きく損なわれるのであり、その人権の制限は、人としての社会生活全般にわたるものである。このような人権制限の実態は、単に居住・移転の自由の制限ということで正当には評価し尽くせず、より広く憲法13条に根拠を有する人格権そのものに対するものととらえるのが相当である。」


(3)本件における人格発達権侵害

原告らもまた、自らの選択に従って様々な事物や人に接し、各人の社会生活環境を構築していく中で、人格を発達形成させてきた。そして、かかる社会生活環境は、個々の人格形成の重要な基盤となっていた。

 それにもかかわらず、原告らは、本件原発事故により、これまで自ら築きあげてきた社会生活環境を諦めて避難をするか、放射能被害の危険や不安に晒されながら、これまでの生活を続けるかという、不合理な選択を強いられた。

 選択の末に、避難した者は、従来の住み慣れた社会生活環境から分断された。また、本件原発事故による放射能汚染により、従来の平穏な生活環境は失われ、大勢の避難者の発生や、住民間の放射能対策等を巡っての軋轢などによって、これまで慣れ親しんできたコミュニティは、変容した。その結果、避難した者は帰還することがますます困難となり、他方、避難をしないことを選択した者は、変容した社会生活環境での生活を強いられることになった。

 社会生活環境からの分断・社会生活環境の変容は、これまで自らの自由意思で選択し、獲得してきた、原告らの生活における、住み慣れた居所や地域、就労環境と働く自由、学校生活環境、子どもらしく遊ぶ自由、家族の交流の喪失等をもたらした。

 原告らが喪失したこれらの利益は、本件原発事故発生以前の原告らの日常生活において複合的に絡み合いながら、個々人の人格、いわば「その人らしさ」を発達形成させる礎であった。

 これらの喪失は、「その人らしさ」の礎の喪失、つまり、人格形成の重要な基盤の喪失を意味している。

 のみならず、本件原発事故は、社会生活環境からの分断や社会生活環境の変容により、原告らをして、将来にわたり、当該社会生活環境のもとでさらなる自己選択を重ねて人格を発達させていく機会と自由を失わせ、当該環境の上に築かれるべきであった人生の発展可能性を回復不可能にした。

 このような将来にわたる人生の発展可能性の侵害による被害は、将来にわたる日常生活の中で多様な形で現れ、それぞれが複合的に絡み合って原告らの社会生活全般に影響し、その人生に重大な影響を与えるものであり、まさに人格発達権の侵害である。


第2 損害総論

1 本件原発事故による損害の特徴

本件原発事故は、憲法上の基本的人権である平穏生活権、人格発達権を侵害する極めて深刻な被害をもたらしたのである。本件原発事故の被害には、上述のとおり、広範性、継続性、深刻性及び複合性の各特徴がある(第8章第2・2参照)。

 そして、加害者である被告東電及び被告国と、原告らを含む原発事故被害者の立場に互換性はなく、被告東電及び被告国は、原子力事業を「国策民営」で行い(第1章第1参照)、一方的に原告らを含む原発事故被害者に損害を与えたのである。


2 本件においていわゆる「差額説」は不適切であること

一般に損害の算定は、侵害行為がなかった場合の財産状態と、侵害がなされた状態とを比較し、それら金銭的評価の差額をもって損害とされる(損害=差額説)。

 不法行為法においては、いわゆる「損害の公平な分担」の観点から、行為者の行動の自由を確保するべく、差額の算定は抑制的であり、各個別の損害について、支出した実費のうち相当な金額や喪失した財物の時価額を積上げる方法で算出されることが多く、そこでは従前と同レベルの状態を回復させるという意味での「原状回復」や「侵害前の状態の再構築」「ありのままの損害事実の賠償」といった理念は乏しい。


3 本件原発事故における適切な損害の把握=「ありのままの損害」

(1)立場の互換性がないこと

  損害=差額説は、相互の立場の交替可能性を前提に、国民の行動の自由を確保する必要性があってこそ妥当すべき価値観である。翻って、原子力政策を国策民営で推進してきた被告国及び被告東電と原告ら一般住民とでは、明らかに互換可能性なく、一方的に被害を受ける立場にある原告ら住民の損害を抑制的に捉える理由はない。


(2)交通事故等との比較

交通事故等において、財産の一部が失われ、あるいは通院を余儀なくされる等した場合、通常は、各個別の損害項目ごとにそれぞれ填補すれば、相応の被害回復が可能となることが一般的である。

しかしながら、原告らは、本件原発事故により、その所有物が放射能により汚染されたにとどまらず、仕事、生きがい、生活基盤、地域コミュニティ等を「一挙に」奪われた(第8章)。原告らの人格形成基盤ないしは発展基盤、人格的自律のためのコミュニティを奪われたと言い換えることができるのであり、交通事故のような事案とは全く性質が異なっている。原告ら原発事故被害者に生じた各損害が複雑に絡み合っているがために、その精神的、肉体的、時間的負担は計り知れないものとなる。


(3)先行きが見えないこと

また、原子力を推進してきた被告東電及び被告国から十分な補償ないし法的支援がなされず、先行きの見えない避難生活の中、避難者らの支出は抑制的となり、その個人としての尊厳を保つために本来必要な出費を控えることにもなっている。

このように未支出で、他方で本件原発事故との間で相当因果関係があるというべき多数の損害を適切に評価しようとすれば、2で述べた損害=差額説の枠組みでは、到底本件原発事故による損害を適切・公平に評価することはできない。


(4)立証上の困難性

加えて、個々の被害者の個別損害についての立証の困難を考慮する必要がある。

避難生活においては日々様々な支出がなされ、それら支出は、本件原発事故がなければ発生しなかった損害である。また、本件原発事故がなければ得られたはずの利益を失っている部分も存在する。一例を挙げれば、就労による給与、自家生産していた農作物、コミュニティでの助け合いに等よる様々な利益・便益・給付などである。

これら日々発生する損害は、将来発生する分も含めて、格別の立証が困難は困難である。


(5)小括

このように、本件では加害者と被害者とで相互互換性がないうえ、損害=差額説の枠組みでは損害の適切な評価や各個の損害の全てを立証することは不可能である。

このため、個々の損害の積み上げよりも、「原状回復」ないしは「侵害前の状態の再構築」ないしは「ありのままの損害賠償」を理念として損害算定するべきである。

そこで、以下に例示するさまざまな損害を一体として捉え、「不動産損害」と「将来健康被害が具体化した場合の損害」を除き、慰謝料という枠組みの中で包括して1つの損害として捉えることが妥当である。


第3 具体的損害

1 精神的損害

(1)被ばくの恐怖、将来の健康不安への恐怖

原告らは、「被ばくをしたのではないか」、「子どもを被ばくさせたのではないか」、「今後、甲状腺がんなどの疾病が発症するのではないか」などの不安を抱えながら日々過ごしている。

 本件原発事故発生直後、近隣住民に対する内部被ばくの調査が極めて重要であったにもかかわらず、十分な調査がなされることはなかった。個々人が線量計を常に携帯できたわけでもなく、多くの避難者らは、自らの被ばくの程度を確認する手段さえなかった。そしてこのことが、避難者ら、とりわけ子どもを持つ母親や妊婦らに非常に大きな精神的不安をもたらしている。

 さらに、放射線被ばくによる健康被害は長期間を経て表面化する可能性がある。すなわち、被害者らの放射線被ばくによる健康被害に対する不安は一時的なものではなく、また、検査体制が整備されたとしても解消するものではなく、被害者らは、生涯にわたって、放射線被ばくによる健康被害の不安を抱え続けなければならない。


(2)コミュニティの喪失

 本件原発事故被害者は、本件原発事故が起こるまで、住み慣れた土地で、自然豊かな生活を送っていた。また、地域住民との人的関係に囲まれた社会生活環境の中で、コミュニティを形成し、互いに助け合いながら生活していた。

 ところが、本件原発事故を契機に、愛着のある土地から離れて避難することを余儀なくされたり、その社会生活環境から分断されたりした。また多く避難者は、避難により仕事や住居を失った。本件原発事故前には当たり前だった地域の人々との交流も失った。住み慣れた故郷で人生を全うしたいという思いまで奪われた者もいる。

 避難者はそれぞれ、望郷の念を抱きつつ、その多くにとって見知らぬ土地で、喪失感に苛まれながら、孤独で不安な日々を送っている。


(3)家族の分断

避難者らは、家族ごとにまとまって避難できたわけではなく、家族が物理的にも精神的にも離ればなれになってしまうこともある。

 特に避難指示に基づかず避難した者の中には、父親(夫)が仕事の関係などで被災地に残らざるを得ず、母子のみが避難するという状況が生じている場合が多く見られる。本件原告らの中にも、母子のみが避難を行っている家庭もある。

 この被災地と避難先との二重生活によって、家賃、光熱費等の生活費が増加し、四国と被災地とを行き来することは、経済的に容易ではなくなっている。そのため、分断された家族は、本件原発事故以前には当たり前であったはずの自由な交流ができなくなっている。

 それによって、被災地に留まっている者は、避難をしている家族から物理的にだけでなく精神的にも距離が生じて孤独感を強めることとなっている。

 さらに、離ればなれの生活の長期化によって、家族それぞれが精神的に追い詰められていく中、放射線の危険性の考え方の違いが表面化したり、あるいは、家族全員の同居を求める思いと避難生活を続けるべきという思いが衝突したりすることによって、夫婦間や被災地にいる家族と避難先の家族との間で対立を生じさせ、家族関係に亀裂が入り、離婚問題にまで発展する事態も生じている。


(4)生活基盤の崩壊

避難者らは、避難により生活の糧を得る基盤を失った。原発事故から約2年6か月が経過してもなお、帰還の見込みはたたず、生活再建の目途をたてることができない者も少なくない。

 仕事の喪失は、収入を失うという財産的な損害だけでなく、それ自体が耐え難い喪失感を与えている。自らがやりがいや誇りをもって行っていた仕事を奪われたこと、奪われた仕事、ポスト、待遇を取り戻すことの難しさ、これらによって避難者らが受けている喪失感は計りしれない。このような喪失感は、避難前にいかなる職業に就いていたとしても生じるものであるが、例えば農業のように土地に密着した職業では一層のこととなる。


(5)避難生活に伴う苦痛

避難生活は長期化しているが、避難者らが被災地への帰還を望んだとしても、被災地の放射線量が本件原発事故前の水準に戻らない限り、安心して帰還などできない。また、被災地におけるインフラ修復が整わないことも帰還を困難にしている。さらに、被災地では未だに余震とみられる地震が頻繁にあり、また、多くの地域では除染計画が遅れ、除染が行われた地域であっても、除染後に再び放射線量が上昇している場合もある。そして、放射性物質を含む汚染水が大量に漏れるなど、福島第一原発の状況は予断を許さないものと言わざるを得ず、避難者らは更なる原発事故が起こるのではないかと危惧している。

 このような事情より、避難者らが帰還を願ったとしても、多くの避難者にとって帰還は困難なのである。そして、長期化する避難生活のなかで、ほとんど全ての避難者が体調の変調を来していることも留意しなければならない。


(6)時期の経過による逓減の否定

 一般的な交通事故等における、いわゆる入通院慰謝料については時の経過とともに単位時間あたりの損害額が逓減する傾向にある。これは、病院での治療が進むことによって状況が改善される見込みがあるからである。

 これに対して、本件における避難生活は、今後の見通しが立たないという非常に不安な状態が避難中にわたって継続しているのであって、時の経過に伴って精神的苦痛が減少する関係にはない。むしろ避難生活による不安は長期化するほど増大するといえる。

 このような苦痛を金銭換算するにあたっては、月あたりの金額を算出するよりも、これまで述べてきたような「人生そのもの」を奪われたに等しい苦痛を総合的に評価算定すべきである。


2 経済的損害

(1)避難に伴う交通費

本件原発事故後、避難者らを含む住民は、原子力発電所の状況、放射性物質の飛散状況、放射性物質が将来の健康に与える影響など、自己の身体生命に影響を与えうる情報を、被告東電や被告国から適時適切に入手することができない状況であった。報道等を通じて徐々に伝えられるようになった被告国や被告東電の公表する情報も、断片的かつ限定的であり、時機に後れた内容や不正確な内容を含むなど、直ちに信用することができないものであった。

 また、避難者、特に政府による避難指示等の対象区域外からの避難者らには、避難先や避難方法に関する情報、手段等も十分に与えられなかった。

 そこで、避難者らのほとんどは、報道やインターネット、地域で開催された勉強会などを通じて自ら本件原発事故や放射能に関する情報を収集し、断片的かつ限定的な情報によって避難の要否を判断することを迫られた。また、本件原発事故の推移等を見守りつつ、言い知れぬ不安と恐怖の中で自ら避難先等を探索し、勤務先や親族等と交渉し、避難するための環境や準備を整えなければならなかった。

 それゆえ、避難者らの中には、自宅から避難先まで効率的なルートで避難することができず、ホテル住まいや親戚や知人などを頼りながら、その場しのぎの一時的な避難を繰り返すことを余儀なくされた者が多い(一度で現在の住居に移動できた者の方が稀である)。

 その避難方法も多様であり、自家用車で各地を転々としたうえで避難先へ辿り着いた者もいれば、交通機関が乱れる中、公共の交通機関を乗り継いで移動した者もいる。

 以上のとおり、避難者らの多くは、従前の居住先から避難先への単純な移動費用を超える出費を余儀なくされており、原告らに生じた損害を算定するにあたっては、かかる実態を十分に考慮すべきである。

 

(2)避難に伴う宿泊費用

避難先及び一時避難先への移動に際しては、宿泊を要する場合が多い。

例えば、自家用車で避難先へ避難する場合は遠距離ゆえ道中での宿泊が必要となる。また、一時避難を繰り返している場合には、一時避難先での宿泊が必要となる。避難先における入居準備や、被災地における退職や転居の手続のため、宿泊が必要となる場合もある。

 このような避難に伴う宿泊費も、本件原発事故がなければ支払う必要がなかったものである。

 

(3)避難の際の転居費用

本件原発事故により飛散した放射性物質の完全な除去は容易ではなく、また事故自体の収束の見通しも立たないことから、避難者らが被災地へ帰還できる見通しも全く立たない状況である。そのため、避難者らは、長期にわたる避難生活を続けるため、避難先に新たな住宅を確保し、生活の拠点を移転することを余儀なくされた。

 その転居の形態も様々であり、従前の住居を退去し世帯全員で避難先へ転居した者もいれば、様々な事情ゆえに母子避難を選択した者もおり、そのような世帯では互いに行き来する費用も嵩んでいる。

 いずれにせよ、避難者らは、従前の住居の退去費用、家財や日用品の輸送費用、敷金、礼金、仲介手数料、火災保険料など避難先住居への入居費用等の支出を余儀なくされた。また、現在の避難生活が不安定で流動的なものであることから、本来は必要費であっても支出を控え、今後、支出が発生する可能性もある。

 また、避難者らは、放射性物質に汚染された家財を使用することへの合理的な不安から家財を処分し、または除染等によって使用可能と思われる家財であっても、移動費用・再設置費用等の節約のため大型の家具や家電、日用品等の処分を余儀なくされており、このような家財の処分費用も、避難を余儀なくされたことにより発生する支出の一つである。

 

(4)避難後の当座の生活財購入費

いかなる場所に避難した場合でも、その場所で生活するためには、生活用家財一式の購入が必要不可欠となる。

 なお、避難時に購入した家財道具はあくまでもその場しのぎの安価なものが多く、本件原発事故前に有していた家財を失ったことを回復できるものではない。したがって、本項目の損害と、失った家財の損害(その評価は後記(13)にて詳述)は区別される。

 

(5)避難後の就職関連費用及び子どもの就学関連費用

避難者らは、長期に及ぶ避難生活のため、従前の勤務先を退職することを余儀なくされており、避難先において生計を維持するためには、就職活動を行わざるを得ない。また、避難生活に伴う生活費の増加により夫婦共働きにならざるを得ない場合や、母子避難等による二重生活を維持するため新たに就業先を探さなければならない場合もある。

 そして、就職活動には、交通費、履歴書や証明写真、いわゆるリクルートスーツ等の購入費用、各種証明書類等の取得費用等が必要である。

 また、同様に子どもは転校を余儀なくされることから、教材、制服、部活道具などの購入費用を支出せざるを得ない。また、学校によって学習の進捗状況が異なる場合や、転校により受験対策が必要となる場合には、子どもを学習塾に通わせるための費用が必要となる場合もある。

また、避難に伴って自宅(避難先)から通勤先や通学先までの距離や移動手段も変わるため、通勤・通学費用が増加する場合もある。

 

(6)避難生活中の食費

避難生活に伴う生活費の増加に対応するため夫婦共働きとなったことや、生活サイクルの変化等により、外食の機会が増え、食費が増加した世帯もある。また、本件原発事故前、米や野菜等の食材を自給自足し、或いは近所の親族や知人から米や野菜、肉、魚等の食材を譲り受けていた避難者らは、本件原発事故に伴う避難により、自給自足の生活や親族・知人と支え合う生活を奪われ、日々の食事に必要な食材をすべて購入することを余儀なくされている。

 

(7)避難中の通信費

原告らは避難に際して、交通機関、宿泊先、市区役所等、様々な機関に問い合わせを続け、通常の生活では考えられなかったような通信費(主として携帯電話代金)がかかっている。

 また、避難者らにとって、同居していた家族、近隣に住んでいる親戚、知人らとの交流や人間関係の維持は、その生活基盤の重要な部分を成す社会的条件の一つであり、従前のふるさと・コミュニティにおけるのと同等の生活を回復するために不可欠な要素である。

 しかし、避難者らは、本件原発事故に伴う避難により、同居又は近隣に住んでいた家族や親戚、知人らと離散した。そのため、避難者らが、従前のふるさと・コミュニティにおけるのと同等の生活を回復するためには、これらの家族、親戚、知人らとの間で、可能な限り緊密な連絡とコミュニケーションを図り、交流や人間関係を維持することが必要である。

 そして、離散した家族、親戚、知人らと連絡、コミュニケーションを図るためには、携帯電話等による通信が不可欠となるため、本件原発事故による避難前に比して通信費用が増加する。

 

(8)避難による家族分断に伴う生活費増加分

避難者らの中には、本件原発事故前は家族と同居していたものの、生計の維持や仕事の兼ね合い、親族関係など様々な事情から、妻や子だけが避難し、夫は被災地に滞在するなど、離散して別々の場所での避難生活を余儀なくされている者も少なくない。

 これら同居家族と離散した避難者・滞在者らは、複数世帯にまたがる生活を強いられることにより、類型的に見て食費や水道光熱費、日用品、住居費等の生活費が本件原発事故以前より倍加し、その生活を圧迫している。

 

(9)家族同士の交流のための費用、一時帰宅費用

これまで述べたとおり、本件原発事故による避難に伴い、家族が離散し、別々の場所での避難生活を余儀なくされている者は少なくない。

 しかし、家族は、社会生活の基盤となるべき存在であり、その家族が互いに自然な交流を維持することは、避難者らが従前のふるさと・コミュニティにおけるのと同等の生活を回復するために必要不可欠である。

 そのため、避難者らは、避難した家族が被災地に一時帰宅し、または被災地に滞在する家族が避難先を訪れるなどして、相互に面会することで交流を維持している。

 また、避難者らの中には、被災地の自宅の状況を確認したり、残してきた家財を維持管理または移動させるため、避難先から被災地に一時帰宅することが必要であった者もいる。

 以上のように、避難者らは、一時帰宅費用、面会費用に多額の支出を余儀なくされている。

 

(10)医療費

避難者のみならず、避難せずにとどまっている者らの中には、避難生活や生活環境の変化に伴うストレス等により、免疫力が低下し体調を崩しやすくなったため医療機関にかかる頻度が増えた者や精神疾患等の健康被害が生じた者などもおり、医療費が増加している。

 

(11)被ばく検査費用

原発事故被害者は、本件原発事故により飛散した放射性物質による外部被ばくないしは内部被ばくを受けている。

 もっとも、前記のとおり、原発事故被害者は、原子力発電所の状況、放射能の飛散状況、放射能が将来の健康に与える影響などの情報を十分に入手することができない状況に置かれていたほか、本件原発事故の発生後、直ちに避難することができない状況にあった者も多い。

 そこで、原発事故被害者らの多くは、医療機関等において被ばく検査を受けている。

 また、放射性物質による家財等への汚染状況を調べ、除染の要否や使用継続の可否を判断するため、所有物の被ばく検査を実施した者もいる。

 これらの検査費用も、本件原発事故によって生じた被害の一つである。

 

(12)就労不能損害及び逸失利益

本件原発事故以前、地域の住民は、農林水産業などを営んでいた者、個人事業主であった者、正社員、パート等形態を問わず会社に勤務して給与を得ていた者など、それぞれさまざまな生業を以て暮らしを営んでいた。本件原発事故はこれら住民の生業を広域的に奪い去り、多くの者が収入を得る途を絶たれた。

 原告らは、原発事故の収束、安全の確保に関する見通しが立たない現状に放置されており、被災地において生業を再開するか、避難して新たに就労して定住するかといった判断をつけることすらできず、各自が本来もっている労働能力を十分に発揮することが出来ない状態を強いられている。

 したがって、本件原発事故がなければ得ることができたであろう、事故後から訴訟提起時点に至るまでの収入については、その全額が就労不能損害となる。

 また、避難者の中には、避難先で新たな職を得た者もあるが、従前の職務を続けた場合と比べ、役職、給与額、退職金等の点で不利になる場合が多く、これらは将来にわたる逸失利益として観念されることになる。

 

(13)家財や衣服の損害

原告らは従前の生活を捨てて、着の身着のままで避難せざるを得ず、それまで有していた家財や衣服は、放射能で汚染されているがために持ってくることができなかった者が多い。

 これら家財や衣服も、本件原発事故により失ったと言うことができ、損害に観念することができる。

 従前有していた家財道具は当然損害額に反映されるべきで、その評価については、例えば損害保険料率算出機構の平成19年度調査によれば、40代4人家族で1198万円、50代5人家族で1696万円にも上るとされている(『地震保険研究13 家財の地震被害予測手法に関する研究(その1)家財の所有・設置状況に関する調査』)。


3 慰謝料のまとめ

以上のとおり、原告らの被った損害を構成する要素は多岐にわたる。これらは主な共通項を例示したにすぎず、各人が被った損害は以上に尽きるものではない。

 このような損害を慰謝料として正当に評価すると、原告らに対する既払金を控除したとしても、1人あたり1500万円を下ることはない。


4 弁護士費用

原告らが本件訴訟をするにあたっては弁護士に依頼せざるを得ず、上記3の損害額の1割程度である1人あたり150万円が損害として認められるべきである。


5 損害として明示的に除外する項目

 本件訴訟において、請求対象から除外する項目は、①不動産損害、②将来の健康被害に基づく損害である。


① 不動産損害について、再取得価格を損害額として計算すると、不動産所有者とそうでない者との間で請求額に大きな差が生じることは避けられず、本件のように多数の原告の請求を一括して審理する場にはなじまないといえ、本請求からは除外して別途請求を行う。


② 将来の健康被害については、現状ではどの程度の放射線量で、どのような健康被害が発生するのかを、予測することは困難である。また、各原告によって健康被害が発生するかどうかも、異なってくると見込まれる。

 したがって、本件の包括一律請求には、原告間で損害額に大きな差が生じる可能性があり、また、個別の算定も可能な、①不動産損害および②将来の健康被害に基づく損害は含まない。


6 損害のまとめ

以上のとおり、原告らには、上記5の項目を除き、少なくとも、1人あたり1650万円の損害が認められる(総損害額の一部請求)。

もっとも、現段階における各原告らの具体的請求金額は、1人あたり550万円とする(明示的一部請求)。

第10章 本件原発事故と原告らの損害との因果関係

原告らには、本件原発事故により、第9章に記載したとおりの損害が生じた。本章では、本件原発事故と上記損害との間の因果関係について述べる。


第1 放射線被ばくは避けるべきものであること

上記損害は、原告らが被ばくをしたことにより、あるいは、被ばくを避けるためにやむなく行動したことにより、生じたものである。

 以下では、被ばくの人体への影響について改めて説明するとともに(訴状第2章第2・1参照)、被ばく防護に関する国際的な勧告について説明する。


1 放射線被ばくについて

(1)放射線被ばくの人体への影響

人体は原子や分子の科学的結合により形成されているが、放射線被ばくにより、これら化学的結合が切れて「遊離基(フリーラジカル)」が生成される。人体の主成分は水(H2O)であるが、被ばくによりOH基、H基といった遊離基が多く生成される。

 これらの遊離基が細胞内のタンパク質や核酸と反応して細胞を損傷する。損傷された細胞が修復されずこれが積み重なると、人体に放射線障害が発現する。


(2)確定的影響と確率的影響

確定的影響は、ある被ばく線量以下では決定的な影響(障害)が現れないが、その線量を超えると高い頻度で決定的な障害が生じ、その障害の程度(重篤度)は被ばく量とともに増大するというものである。主として高線量被ばくで問題となる。

 他方、確率的影響は、線量に比例して発症確率が増加する(障害の発生頻度は被ばく量とともに高くなる)というものである。被ばく後、長時間を経て発症する白血病、癌や遺伝的影響は、確率的影響である。主として低線量被ばくで問題となる。


(3)急性障害と晩発的影響

急性障害とは、一度に多量の放射線を浴びると、被ばく後数時間から数日の期間を経て、急性放射線症等の症状が現われるというものである。

 晩発的影響とは、少量の線量を浴びた場合でも、長い年月の後に障害が現われることがあるというものである。晩発的影響には、白血病、甲状腺がん、皮膚がんなどの悪性腫瘍などがある。晩発性影響は(2)で述べた確率的影響に分類されている。


(4)外部被ばくと内部被ばく

「被ばくする」という場合、外部被ばく、内部被ばくの両方を考慮する必要がある。

 外部被ばくとは、身体の外に存在する放射性物質から発せられる放射線を浴びることをいう。本件原発事故においては、大量の放射性物質が大気中に放出されたことから、多くの住民が外部被ばくに晒された。

 内部被ばくとは、経口や吸入により体内に取り込まれた放射性物質による被ばくをいう。体内に取り込まれた放射性物質は、放射性物質の核種によって集積しやすい組織や臓器が異なる。例えば、「ヨウ素131」は甲状腺に蓄積する性質を有しており、甲状腺がんを発生させる原因となる。「セシウム134」や「セシウム137」は、筋肉や生殖腺に蓄積しやすい。「ストロンチウム90」はカルシウムと同じ性質を有しているため、骨に蓄積しやすい。

 原告らを含む原発事故被害者は、外部被ばくにさらされ、また、放射性物質を吸入したり、あるいは、これが含まれる食物等を摂取することで内部被ばくにも晒されたのである(外部被ばくについては、本県原発事故直後、例えば飯舘村の空間放射線量が松山市の約500倍にも上ったことをすでに述べた)。


2 国際放射線防護委員会(ICRP)勧告(2007年勧告)

国際放射線防護委員会(ICRP)は、2007(平成19)年に、放射線防護の観点から、放射線被ばくによる影響(晩発的影響や遺伝的影響)には「この数値以下なら安全である」という閾値がないという見解(LNTモデル)に基づいて、年間実効線量限度を1mSvとする勧告を行っている。

 日本でも、このICRP勧告に基づいて放射線防護の法令が定められており、国民に原子力発電所から発せられる放射線による被害が出ないよう一応の防護措置を講じてきたのである。


3 欧州放射線リスク委員会(ECRR)勧告(2003及び2010年勧告)

欧州放射線防護委員会(ECRR)は、上述の「ICRP勧告」ですら放射線防護の基準としては緩和しすぎているとして、2003(平成15)年及び2010(平成22)年に、一般公衆の被ばく限度を年間0.1mSvとすべきという勧告をしている。


4 子どもの感受性と甲状腺がん

放射線被ばくの身体への影響については、特に子どもの感受性が高く、被ばくの影響を受けやすいことに留意する必要がある。このことは、いわゆるチェルノブイリでの経験から顕著である。一例を示せば、ウクライナのルギヌィ地区は福島県全体よりやや汚染の程度が低い地域と言ってよいが、子ども1000人あたりの内分泌系疾患につき事故前10例であったのが事故後は90~97例に、同じく生後7日までの新生児罹病率につき事故前25~75例であったものが330~340例と激増している(アレクセイ・V・ヤブロコフ(ロシア科学アカデミー)「調査報告 チェルノブイリ被害の全貌」(岩波書店、星川淳監訳)など)。

 なお、本件原発事故による影響が疑われる結果も出始めている。通常、100万人に1人の罹患率とされる子どもの甲状腺がんについて、福島県「県民健康管理調査」検討委員会の調査(平成25年8月20日発表)によれば、すでに18人が甲状腺がんと判定され、「がんの疑い」があるとされる者も25人に上っている。


5 小括

 以上のとおり、放射線被ばくは、人体に悪影響を及ぼす危険性を孕んでいる。このため、ICRPは、LNT仮説を採用し、低線量被ばく領域においても放射線防護規制を講じるよう諸外国に勧告しているのである。

 低線量被ばく領域であったとしても健康への悪影響が否定できない以上は、原告らを含む本件原発事故被害者が、それに恐怖ないし不安を感じ、原発から発せられる人為的に作られた放射性物質からの被ばくを避けるべきとの考え方に立って行動するのは極めて合理的であるし、この考え方に基づく行動は、法的に保護されるべきであると言えるのである。

 なお、この点、被告国は避難区域等を設定するにあたり年間積算線量20mSvを基準としたが、これを下回る空間線量が計測される地域の住民であったとしても、ICRPの上記勧告を踏まえると健康被害を否定できないのであるから、20mSvが妥当か否かの議論は意味がない。


第2 避難することの相当性

1 はじめに

本件原発事故により多くの者が避難を余儀なくされた。

上述したとおり、放射線被ばくは避けるべきものであり、このような考え方に立つ国民がする意思決定は尊重されるべきである。原告らの多くは避難指示の有無にかかわらず避難を選択したが、その選択は合理的かつ相当であることは明らかである。


2 いわゆる「自主的避難」の相当性

(1)放射性物質拡散の恐怖

本件原発事故においては、冷却機能の停止、原子炉炉心の露出及び炉心溶融、そして、これらに続く水素爆発などの影響により、放射性物質が広範囲に放出されそれに歯止めが効かず、地域によっては放射線量が異常に高値を示すなど事象が一挙に生じた。

 既に主張したとおり、平成23年3月15日には福島県内の放射線量は、飯舘村で44.7μSv/h(松山市の1176倍、年間線量391mSv)、いわき市で23.72μSv/h、福島市(紅葉山モニタリングポスト)で19μSv/h、郡山市合同庁舎3階計測ポイントで8μSv/hにも達していた。

 また、本件原発事故当初、使用済核燃料の入った4号機の使用済核燃料プール破損の危険性も指摘されるなど、さらなる被害拡大発生の可能性は高まる一方で、政府が抽象的な説明を繰り返す側から断続的に爆発が生じるなど、いわば「いつ何が起こるか分からない」状況であった。

 原告らは、自ら独力でこれら情報に接し、さらなる爆発などが生じるのではないかという恐怖、放射性物質がどこにどのように飛散するのか分からないという強い不安、子どもたちの健康が害されるのではないかという不安などに襲われた。 


(2)被告国に対する強い不信感

被告国は、福島第一原発の半径3キロメートル圏内の住民等に対する避難指示を行った後、「念のため」、「万全を期す」、「直ちに人体に影響を与えるような数値ではない」などの理由により、次々と同心円状に避難範囲を拡大させ、屋内退避指示を出すなど、指示内容を変遷させたが、これが原告ら原発被害者に混乱をもたらした。

 しかも、被告国は、いわゆる「SPEEDI」による放射性物質拡散の予測結果を平成23年5月まで公表せず、ようやく公表された内容は、避難指示範囲を超える範囲で汚染が予測されていたもので、実際にも、その予測はかなりの精度で当たっており、その予測の中には高濃度汚染地域も含まれていた。

 多くの避難者が出た理由の一つとして、被告国からの情報開示があまりに遅れたうえ不十分であったことも挙げられる。


(3)小括

本件原発事故後、いわゆる避難指示区域外の地域にも放射性物質が飛来し、かつて計測されたことのないほどの高線量の放射線が計測された。

 このため、やむなく避難を選択せざるを得ない状況に追い込まれる者が続出することとなった。このような被害者の避難行為が社会的に相当と評価されるべきことは当然である。


3 避難を継続することの相当性

 ひとたび避難した被害者が、避難前の地域に帰ることも極めて困難である。上記2で述べた放射性物質拡散の懸念、現在でも放射線空間線量が本件原発事故前に比べて高い値が測定され続けていること(本訴状第8章第2の2(2)〔118頁〕)で述べたとおり、本件原発事故から3年が経過した現在でも、福島県福島市における放射線量は松山市の約6倍にも上る)、放射性物質の中には半減期の長いものもあることなどに照らせば、特に子供を持つ家庭が放射能で汚染された地域へ帰還することは極めて困難である。

 これらの事情に照らせば、ひとたび避難をした者が避難を継続することも、社会的にみて相当である。


4 小括

避難指示に基づいて避難した原発事故被害者については、本件原発事故と避難したこととの間に相当因果関係があることは明らかである。

 他方で、避難指示にかかわらず避難した者については、以上述べたとおり、その居住していた地域で放射線量が高値を示した事実、放射性物質拡散の恐怖、被ばくを避けたいという合理的意思、子どもを守りたいという親の気持ち、被告国に対する強い不信感、現在でも本件原発事故前と比べ高い線量が計測されている事実などを考慮すると、避難を決断し、あるいは、避難を継続することは合理的選択であり相当である。

 よって、本件原発事故と、原告らに生じた第9章記載の損害との間には相当因果関係が認められる。


終章 まとめ

以上により、原告らは、被告らに対し、不法行為(被告東電については民法709条又は原子力賠償責任法3条1項、被告国については国家賠償法1条)に基づく損害賠償請求として、連帯して、別紙請求額目録「請求金額」欄記載の各金員及びこれらに対する平成23年3月11日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めて、本訴を提起するものである。


以 上