令和元年(ネ)第164号  ①損害賠償、②損害賠償各請求控訴事件 

令和元年(ネ)第192号  同附帯控訴事件

 

 

判 決 要 旨

 

 

高松高等裁判所第2部

以下では、第1審被告東京電力ホールディングス株式会社を「第1審被告東電」と略称する。

1 第1審被告国の責任について

(1) 経済産業大臣の技術基準適合命令の発令対象及び判断基準について

    経済産業大臣の技術基準適合命令(電気事業法40条)の発令権限の対象は、詳細設計に関する事項のみならず、基本設計ないし基本的設計方針に関する事項にも及ぶと解するのが相当である。

   そして、経済産業大臣において、当該原子炉施設が、技術基準に適合しているかどうかを判断するに当たっては、その当時における科学的、専門技術的知見に基づいた専門的な判断によることになると解される。

(2) 経済産業大臣による技術基準適合命令の不行使の違法性について

 ア 経済産業大臣による技術基準適合命令の不行使が国賠法1条1項の適用上違法となる場合

   経済産業大臣が福島第一原発について技術基準適合命令(規制権限)を行使しなかったことが国賠法1条1項の適用上違法になるというためには、上記規制権限不行使の違法性が問題となっている当時の具体的事情の下において、経済産業大臣が、想定津波の到来によって、福島第一原発の原子炉施設が全交流電源を喪失し、原子炉冷却機能が失われるという原子炉の安全確保の観点から重大な損傷を受けるおそれがあることを認識し、又は認識し得たにもかかわらず、技術基準適合命令を発しなかったことが、当時の科学的、技術的知見ないし水準に照らし、許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められる必要があり、その場合には、上記規制権限の不行使によって被害を受けた者との関係において、国賠法1条1項の適用上違法になる。

 イ 本件において、経済産業大臣による技術基準適合命令の不行使が国賠法1条1項の適用上違法であるかについて

(ア)長期評価の見解による予見可能性について

   地震調査研究推進本部(推進本部)は、平成14年7月31日に「長期評価」(三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について)を公表した。長期評価は、三陸沖北部から房総沖の日本海溝寄りのどこでもマグニチュード8クラスのプレート間地震(津波地震)が起こり得るとしており、ポアソン過程により、今後30年以内の発生確率は20%程度、今後50年以内の発生確率は30%程度と推定されるとした。

   長期評価の見解は、法に基づき設置された国の機関である推進本部(海溝型分科会)において、専門家集団が、当時の科学的知見・歴史資料から確認できる既往地震の性質や規模、その震源域等に関する研究成果等の科学的な知見に基づいて、種々の見解・異論を踏まえて高度に専門的な審議を行った上で取りまとめられ、公表されたものであるから、相応の科学的信頼性を有するものと評価できる。長期評価の見解は、その科学的信頼性において、土木学会原子力土木委員会津波評価部会が公表した「津波評価技術」(福島県沖の日本海溝沿いの領域については、波源(想定津波の発生領域)を設定しなかった。)より優位とはいえないまでも、同等という前提でこれを参照する必要がある。

   したがって、経済産業大臣としては、原子炉施設についての規制権限行使の要件の具備の判断において、長期評価の見解をも参照し、福島県沖について、明治三陸地震を参考にした震源域を設定して津波のシミュレーションを行うなどし、それにより想定される津波が福島第一原発に及ぼす影響の有無や程度を調査、検討すべきであった。

   そして、経済産業大臣が、この津波評価シミュレーションを第1審被告東電に指示するなどしていれば、しかるべき時期には、第1審被告東電が平成20年に試算したのと概ね同様の試算結果(福島第一原発の敷地南側においては、0.P.(小名浜港工事基準面)+15.7m程度(福島第一原発の主要建屋の敷地高を大幅に上回る。)の津波が到来する危険性があることを認識し得たのであり、これによって福島第一原発の原子炉建屋及びタービン建屋等が浸水して全交流電源を喪失し、原子炉施設の冷却機能が失われて損傷するなどの重大な事故が発生するおそれがあり、そのような福島第一原発は、発電用原子力設備に関する技術基準を定める省令(技術基準省令)62号4条1項所定の技術基準に適合していないものと判断できた。

(イ)想定される津波に対して講じるべき措置について

   長期評価の公表当時の諸事情に照らすと、経済産業大臣において、平成14年段階において、上記想定津波に対しては、防波堤・防潮堤等の設置に加えて、タービン建屋等の水密化及び重要機器室の水密化をも想定することが可能であった。

(ウ)まとめ

   以上によれば、経済産業大臣が、平成14年7月31日の長期評価の公表後、福島第一原発の技術基準適合性についての判断において、長期評価に示された見解に依拠しなかったことは、著しく合理性を欠くものであり、それによって技術基準に適合していないとの判断に至らず、技術基準適合命令を発しなかったことは、許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠く。

 

(3) 経済産業大臣の規制権限不行使と本件事故との因果関係について

  長期評価の見解が公表された平成14年7月31日から遅くとも1年後には、長期評価の見解に依拠して津波のシミュレーション結果を得て、技術基準適合命令を発することができた。そして、原子炉施設の建設や、安全性の維持のための一般的な技術的水準に照らすと、その後約7年6か月程度の期間があれば、福島第一原発を技術基準に適合させるための措置を講じることが可能であったから、経済産業大臣の規制権限不行使と本件事故との間には、因果関係がある。

(4)総まとめ

  したがって、第1審被告国は、国家賠償法1条1項に基づき、第1審原告らが本件事故によって被った損害を賠償する責任がある。

 

2 第1審被告東電の責任について

  本件事故に関しては、第1審被告東電の責任につき、原子力損害の賠償に関する法律3条(無過失責任)のみが適用され、第1審被告東電は同条項に基づいて第1審原告らが被った原子力損害を賠償する責任がある。

  したがって、第1審被告東電の不法行為責任の有無(過失の有無)を判断する必要はないが、第1審原告らが請求する慰謝料額の算定においては、第1審被告東電の過失の有無及び程度がその考慮要素になるところ、第1審被告東電には本件事故発生につき過失が認められ、その過失の程度は、故意と実質的に同視し得る程度の重過失があるとまではいえないとしても、取るべき対応を適宜の時期に取らなかったことは動かし難く、相当程度に重いことは明らかである。

 

3 第1審被告国の損害賠償責任の範囲について

  福島第一原発の安全確保について、これを設置する第1審被告東電が一次的に責任を負い、第1審被告国は、二次的かつ補完的責任を負うものであるとしても、そのことから、直ちに、第1審被告国の損害賠償責任が限定されるものではない。

  第1審被告国が原子力発電を基幹発電として位置付け、原子力政策を積極的に推進してきたこと、福島第一原発について、技術基準適合性を維持するためには、第1審被告国がその適合性を判断し、必要に応じて技術基準適合命令を発することと、第1審被告東電が自ら技術基準適合性を検討し、技術基準適合命令が発せられた場合にはこれに適合するように具体的対策を立案して実施することが不即不離の関係にあることからすれば、第1審被告国の責任の範囲を限定するのは相当ではなく、第1審被告国と第1審被告東電は、第1審原告らに発生した損害について、それぞれ全額賠償責任を負い、これらは不真正連帯の関係に立つと解するのが相当である。

4 第1審原告らの損害について

(1) 第1審原告らの避難開始の相当性について

   当該第1審原告が置かれた具体的・客観的な状況及び個別的な事情を踏まえ、当該転居を伴う避難をすることが、一般人から見てもやむを得ないものであり、社会通念上、相当といえる場合には、本件事故と当該第1審原告の転居を伴う避難との間には相当因果関係があると認めるのが相当である。

   このような観点からすると、政府から避難指不が出された場所(旧避難指示解除準備区域)や自主避難が求められていた場所(旧緊急時避難準備区域)に居住していた第1審原告らのみならず、自主的避難等対象区域に居住していた第1審原告らについても、放射線被ばくに対する恐怖や不安を感じ、これらの恐怖・不安から一時的に自主的避難を選択することには合理性が認められ、本件事故と相当因果関係がある。

(2) 第1審原告らの避難継続の相当性について

   ①旧避難指示解除準備区域に居住していた第1審原告らについては、同区域の指定解除(平成28年7月12日)から相当期間経過後である平成30年3月までの間、②旧緊急時避難準備区域に居住していた第1審原告らについては、その指定解除がされた1年後である平成24年8月までの間、③自主的避難等対象区域に居住していた第1審原告らについては、原則として本件事故の1年後である平成24年2月までの間、ただし、子ども及び妊婦については、同年8月までの間につき、避難継続の相当性を認める。

(3) 第1審原告らの損害の発生及びその損害額に関する判断について

 ア 旧避難指示解除準備区域に居住していた第1審原告らについて

   旧避難指示解除準備区域に居住していた住民は、その生活の本拠であった住居において居住を継続する権利を大きく侵害されただけでなく、慣れない避難先で避難生活を継続することによって、これまでのように平穏な日常生活を営むことができなくなり、いつ避難指示が解除されるか分からない中、長期間の避難生活を余儀なくされることで、将来に対する様々な不安が継続したものと認められるから、包括的生活利益としての平穏生活権の侵害があったことは明らかである。また、現時点でも社会インフラが本件事故前の状態までは復帰しておらず、復帰率も上がっていない状況にあるから、上記住民にとっては、避難の開始を余儀なくされ、その避難を長期間続けざるを得なくなったことによる精神的苦痛・損害の発生にとどまらず、さらに、「故郷」(その地域にある生活の本拠(住居)を中心として、家庭、学校、職場をはじめとする地域社会との関わり、地域における自然環境を利用して農業等の生業を営み、地域とのかかわりにおいて生活の糧を取得するなどのために存在する人的、物的基盤)も相当程度に喪失したものといえるのであり、このような包括的生活利益の侵害は上記住民にとって極めて深刻な事態であって、人格的利益そのものに対する極めて深刻な侵害に当たる。

   したがって、旧避難指示解除準備区域に居住していた住民である第1審原告らに対する包括的生活利益としての平穏生活権の侵害に基づく慰謝料額としては、避難慰謝料として、①強制的な避難を余儀なくされた点については各200万円、②避難生活の継続を余儀なくされたことについては(以下「避難継続慰謝料」という。)、月額12万円、さらに、③実質的に故郷を喪失したのと同視できることから、そのことによる慰謝料(以下「故郷喪失慰謝料」という。)として各100万円を認めるのが相当である。

 イ 旧緊急時避難準備区域に居住していた第1審原告らについて

   旧緊急時避難準備区域に居住していた住民らが実質的に避難を余儀なくされた状況にあり、包括的生活利益としての平穏生活権の侵害が存在することは明らかであるから、避難慰謝料の発生が認められる。もっとも、本件事故から半年程度後に緊急時避難準備区域の指定は解除され、また、同区域の住民に対しては、政府から自主避難が推奨されていたものの、同区域への立入りに制限はなく、居住も許されており、避難しなかった住民も少なくなかったことなどに照らすと、「故郷」に不可欠な人的、物的基盤が喪失し、人々の生活を成立させている共同性が失われているといった状況にあるとまではいえないから、同区域に居住していた住民について、故郷喪失慰謝料の発生は認められない。

   以上によれば、旧緊急時避難準備区域に居住していた住民である第1審原告らに対する包括的生活利益としての平穏生活権の侵害に基づく慰謝料額としては、避難慰謝料として、原則として、①実質的に強制的に転居させられた慰謝料については、各150万円とし、②避難継続慰謝料については、月額12万円を認めるのが相当である。

 ウ 自主的避難等対象区域に居住していた第1審原告らについて

   自主的避難等対象区域においては、上記のとおり、平成24年2月まで(ただし、妊婦及び子どもについては、同年8月まで)について避難の相当性を認めるのが相当であり、包括的生活利益としての平穏生活権の侵害があると認める。

   他方、故郷喪失慰謝料は認められない。

   以上によれば、同区域に居住していた住民である第1審原告らに対する包括的生活利益としての平穏生活権の侵害に基づく慰謝料としては、①子ども及び妊婦については、自主避難慰謝料として各20万円、また、それ以外の者は、原則として、各10万円、②避難継続慰謝料については、原則として月額5万円と認めるのが相当である。ただし、妊婦及び子どもらについては平成23年3月~平成24年8月の間、月額7万円を認める。

 

5 結論

  原則として、上記4(3)の基準に基づき第1審原告らの慰謝料額を算定した上、既払金を控除し、弁護士費用を加算すると、第1審原告らの第1審被告らに対する請求認容額は、判決別紙の「認容額等一覧表」記載のとおりになる。

以上